第30話 八熱地獄(はちねつじごく)
見上げるばかりの炎の壁が、目の間に展開されている。
八熱地獄の第一獄【等活】だ。
それは、オレの心に残るあの日見た光景と寸分たがわない。
そそり立つ炎の壁は、空を真っ赤に染めている。
何でこんなことになっているのかは全く理解できないが、オレがトリガーを引きさえすれば、蜥蜴共に殺到するであろうことは予想出来た。
「バカな……秘奥魔術だと……。詠唱はどうした……こんなことが……」
あまりのことにトーマスが呆けている今がチャンスだ。
「先生!防御を!」
何故か、目の前の炎の壁を自在に操れる自信があったものの、念には念を入れる。
強大な魔術に恐れをなした蜥蜴共が、廃坑に逃げ込もうとしている。
逃さねえよ。
散々、ブランたちをいたぶった礼をしてやる。
「行けええええええええええ!」
オレがそう叫んだと同時に炎の壁が蜥蜴共に殺到する。
炎の塊一つでも溶岩並みの熱量を持っている。
そんな塊が無数に蜥蜴達を貫く。
断末魔の声を上げ、身悶えする蜥蜴達。
だが、もう蜥蜴達に生き残る未来は無かった。
炎の塊が蜥蜴ごと廃坑の入口を崩していく。
「…………何だこれは、あり得ん。あり得んぞ。」
その現実離れした光景に、トーマスは何事かを呟いている。
廃坑入口の崩落が終わると、そこには無惨にも身体のあちこちを貫かれた蜥蜴達の死体が残っていた。
魔術の支配が弱くなったためか、動けるようになったオレは、ブランのもとに駆け寄る。
あちこちで炎が燻っているが、不思議と気にならない。
「ブラン!」
「アル……」
生まれたての子鹿のように足取りがおぼつかないが、一歩一歩ゆっくりとブランのもとに向かう。
ブランもまた痛む身体を推してオレのもとに近付いてくる。
「ブラン!早く止血しなきゃ」
「私は大丈夫。それよりもアルの方が酷い怪我」
そんな会話をして
「良かった……また触れ合えた」
「ブラン、ありがとう」
僕はアタマをブランに抱え込まれる形で、力強く抱きしめられる。
やっと、ここまで来れた。
涙腺が弱くなっているのか、涙が止まらない。
そんな僕らの再会を邪魔する者がいた。
トーマスだ。
「秘奥魔術だと?どうやった?」
執事長は自らが見た事実を信じられないのか、僕に問いかける。
「知らねえよ」
そう答える僕。
本当に分からないんだから仕方ない。
トーマスが近づくにつれ、ブランが僕を抱きしめる力が強くなる。
「【突風(インペトゥス・ウェンティ)】せっかくの再会を邪魔しないでよ」
プレセア先生が近づくトーマスを魔術で牽制する。
だが、トーマスは止まらない。
先程、エドガーを吹き飛ばした魔術でプレセア先生も吹き飛ばす。
「きゃあ!」
「邪魔をするな女!コイツは危険だ……今のうちに殺しておかなければ……」
トーマスが僕たちに向き直ると、呪文の詠唱を始める。
もう、さっきのような奇跡は起こせない。
僕もブランも体力の限界だ。
「死ね……」
トーマスが頭上に作り出した岩を僕たちぶつけようと、その手を振り下ろした瞬間。
「きゅぺっ……」
突然の乱入者に蹴り飛ばされるトーマス。
糸の切れたあやつり人形のように飛んで行く。
次に、僕たちのアタマから水をかけられる。
「冷たっ!」
思わずそう言葉を漏らした僕に、乱入者はカラカラと笑いながら告げる。
「【
そこにいたのは、ブランと同じようなプラチナブロンドでメイド服を着たディアナであった。
「アル、良くやった。あとは任せな」
その言葉に安心した僕は、ゆっくりと意識を失うのであった。
カッコつかないなとは思いつつ、これだけ炎に包まれてるんだから仕方ないよなと自己弁護しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます