第31話 暗中模索(あんちゅうもさく)

 辺境伯家のメイド長ディアナは、表向きの役職とは別に暗部の長でもある。


 暗部とは、辺境伯家の諜報機関であり、普段は領内の情報収集や嫡男アルフレッドの陰からの警護にも就いている。


「アーサー、暗部まで動かすなんて本気かい?」

「当たり前だ。他ならぬお前の娘だろうが」

「だが、そうなるとアルフレッドの護衛が手薄になるよ」

「多少の危険など、ブランの安全には代えられん。上級回復薬も持っていけよ」

「はっ、ずいぶんといたれりつくせりだね」

「当たり前だと何度言えば……」

「……感謝する」


 どこか斜に構えているディアナが、素直に感謝するなど珍しいこともあるとアーサー辺境伯は独りごちる。

 普段はどちらかと言えば、娘に厳しく接しているが、こういったときに見せる母親の顔がいかにブランを愛しているかの現れであった。


 だが、捜索は不調であった。

 辺境伯領で動かせる部隊は全て動かした大規模な捜索にもかかわらず、ようとしてブランやプレセアの行方は知れなかった。


 最悪の状況がアタマをよぎり、言葉も少なくなって行く捜索の面々。


 そんなときに、とある異常がディアナにもたらされる。


 嫡男アルフレッドも行方不明になったこと。

 そして、廃坑に炎の壁が立ちあがったこと。


 ディアナは直感する。

 アルフレッドという、あの不思議な少年が何かをしたのだと。


 故に、ディアナは宙を駆けた。

 それは彼女の特技の一つだ。

 文字どおり、空に道があるかのように駆けることができるのだ。

 これによって高速移動が可能となり、廃坑まで大した時間もかからず到着することが出来た。


 果たしてそこでディアナが見たのは、愛娘ブランとアルフレッド、プレセアが傷だらけになりながら、執事長のトーマスと渡り合っているところだった。


 ディアナは理解する。

 これは全てがトーマスの策略だったのだと。


 一瞬、怒りに我を忘れて、トーマスを強く蹴りつけてしまったのは仕方ないことだ。


「きゅぺっ……」


 トーマスが廃坑の入口まで吹き飛んで行く。


(あれは地竜か?入口も崩れている。何をやらかした?)


 そう考えたディアナは、後で何があったのか問い詰めることにした。


 アルフレッドたちのケガはかなりの重傷だった。

 だが、上級回復薬のおかげで傷も残らず治療できそうだ。


「冷たっ!」


 アルフレッドがそう反応する。


「くくく、元気そうで何よりだ」


 思わずそう言葉を漏らす。



「【上級回復薬ハイポーション】だ。それくらい我慢しな」


 そんな軽口すら出てくるほど、ディアナは上機嫌だった。

 おそらくこの子たちは、地竜に立ち向かったのだろう。

 

 いつの間にか頼もしく成長していたようだ。

 ならば、大人のやることは決まっている。

 

「アル、良くやった。あとは任せな」


 あのクソ執事をボコボコにして、アルフレッドたちを連れ帰ることだ。

 そう告げた途端、アルフレッドは気を失う。


(カッコつかないねえ。まあ、これだけの炎の中でよく耐えたってとこかな?)


 苦虫を噛み潰したように笑うディアナ。


 すると、叩きつけられた際に、身体の上に乗っていた石をかき分けてトーマスが立ち上がる。


「この獣混じりが……」


 その表情には先程までの余裕は見られない。


「おやおや、ずいぶんと簡単に仮面が剥がれるもんだ」

「やかましい!ぶっ殺してやる!」


 そんな威嚇にもディアナは一切気にかけない。

 それどころか、カラカラと笑みを浮かべている。


「ブラン」

「ん?」

「これから、魔術師の殺し方を見せてやる。よく見てな」

「ん」

 

 そう告げたディアナは、トーマスが詠唱を終える前に間合いを詰めて肉迫する。


「なっ!」

「まずは喉を潰す」


 トーマスの喉元を掴んだディアナは、そのまま力を込めて骨を砕く。

 鈍い音がして、トーマスは声にならない叫びを上げる。


「これで詠唱は防げる。次が両手だ」


 トーマスの髪を掴み前方に引き倒すと、両手を地面につく形になる。

 その両手をディアナは無慈悲に踏み潰す。


「――――――――――!!!」


 トーマスの声にならない悲鳴が響き渡る。


「魔術師は両手で印を結ぶヤツがいるからな。そして最後に視界を潰す」


 ディアナの抜き手が、トーマスの瞳に迫る。


「――――――――!!!」

「何だよ気絶しちまった……」


 意識を失ったトーマスをディアナは、面白くなさそうに放り投げる。

 やがて、暗部の者たちも追いついて来るだろう。


 後始末を押し付けることに決めたディアナは、待っている間、ブランとアルフレッドの様子を見守り続けることにする。


「母様、ニヤニヤしてて嫌」

「いやぁ、若いっていいなと思ってさ……」


 もしも、ブランが命を落としていたらこんな会話も出来なかったんだろうとしみじみ思うディアナ。


 改めて、アルフレッドへの感謝の気持ちを抱くのであった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る