第163話 土崩瓦解(どほうがかい)

 ブランは勝ち誇ったように咆哮する火の竜ファイアードレイクを見上げると、その四肢に静かに魔力を広げていく。

 体中を走る血液に魔力を纏わせるイメージだ。


 やがてその時がやってくる。


 全身に行き渡った魔力が漏れ出して、まるで湯気のようにも見える。

 可視できるほどに膨大かつ濃密なブランの魔力が溢れ出しているのだ。

 かつてアルフレッドから「オーラだ……いや、覇気か?すげぇ……」とまで感心されたブランの得意魔術――――身体強化。


 準備は整った。


 ブランは火の竜ファイアードレイクとの第二ラウンドへと挑む。


       ★★


 火の竜ファイアードレイクはブランの魔術を全て受け切ると、もはや自分を脅かすものは無いと確信した。

 あとは足元をウロチョロする小さき者を排除すれば、我が道を遮る者はないと。


 だが、次の瞬間。

 その考えが誤りであったことを痛感する。 


 脳天まで響く痛みとともに、頭をかち上げられた。

 激しく顎を噛み合わせたために、衝撃に耐えられなかった己の歯が宙を舞う中、火の竜ファイアードレイクを見つける。


 自分の拳を見つめながら独りごちる真っ白い姿の小さき者を。


「ふむ。どうやららしい…………」


 ブランは、一撃でその巨躯を揺るがした結果から自分の攻撃が竜にダメージを与えられると判断した。

 攻撃した自分の拳がいちいち折れてしまうのは難点だが、【治癒(サナーレ)】をその都度展開すれば問題ない。


 ブランはアルフレッドに恐怖を与えた火の竜ファイアードレイクをようやくボコれると、その口角をほんの少しだけ引き上げる。


 ――――さあ、ここからはずっと私のターンだ。


       ★★


 そこからの戦いは一方的であった。


 大岩を叩きつけられたかのような衝撃を受けては、建物を巻き込んで地面に叩きつけられる火の竜ファイアードレイク

 立ち上がろうとすれば、頭上から蹴り飛ばされる

 炎を吐こうとすれば、その僅かな溜めの隙をつかれてボコボコに殴られる。

 何をしても動きを封じられる涙目の竜が哀れに見える。




「すげぇ……、火の竜ファイアードレイク相手に一方的だ……」


 退避を指示されて、遠巻きに戦いの趨勢を見つめていた領兵たちは、ブランの激しい攻勢に驚きを隠せずにいた。

 それほどまでに一方的な展開であった。


「これなら勝てる……勝てるぞ……」

「ああ、助かった……」


 そんな声がチラホラと上がってきたとき、それは起きた。


「おい!あれを見ろ!」

「まさか……!」


 領兵が指を差した先には、壊れた建物の中から這い出してきた人の姿があったのだ。

 年の頃は5,6歳といったところだろうか粗末な身なりをした獣人の少女だった。


「避難の指示は出ていたはずだ……」

「それならなんで…………」

「そんなことはどうでもいい、やるべきことはひとつだ!助けに行くぞ!」


 ブランが駆けつけるまで、領兵たちは火の竜ファイアードレイクと対峙しつつ、住民の避難も行っていた。

 事前に避難訓練を行っていたこともあり、街に住む者たちはキッチリ避難は出来ていたが、街の外からやってきた者たちはどうしていいか分からない。

 そこで領兵たちは手分けをして、避難を呼びかけていたのだった。


「あそこの建物は俺が声をかけた……、商人らしい男が仲間たちと慌てて出てきたのを覚えてる……」

 

 少女を救出すべく駆け出した領兵のひとりがそうつぶやく。

 

「連れて逃げられない…………、外に出せない者がいた…………?」


 この国において、犯罪奴隷以外の所持は認められていない。

 あのような幼い子どもが奴隷に落ちる犯罪を犯すはずも無い。

 となれば、答えは自ずから導かれる。


「違法奴隷か…………?」



 その答えに至った領兵たちが、少女を助けるべく戦場へと駆け戻るものの、その行動は遅きに失した。


「ああああああああああ!!」

「ダメだぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 領兵たちの沈痛な叫び声が戦場へと届く。


       ★★


 そのとき、少女の姿には気づかないブランに蹴り飛ばされた火の竜ファイアードレイクが、少女に向かって飛んでいく。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「!?」


 頭上の影に気づいた少女が、迫りくるその巨躯に悲鳴を上げた。

 その声に気づいたブランは、崩壊した建物の傍らで腰を抜かしてへたり込んでいる少女を見つけた。


「くっ!」 


 一瞬、どうしてこんなところにという考えが頭を過るが、ブランはすぐに為すべきことをなす。

 宙を蹴って少女に肉薄し、その小さな身体を抱きしめると、火の竜ファイアードレイクが落下する前に移動する。



 ――――が、僅かに間に合わず火の竜ファイアードレイクと交錯してしまう。



 いくら身体強化していようとも、彼我の体格差は変わらず、それはそのまま交錯時の衝撃へと帰結する。


「ぐあっ」


 ブランは少女とともに、山の如き火の竜ファイアードレイクに弾き飛ばされる。

 その衝撃は、身体中の骨がバラバラになるのではないかと思われるほどのもの。

 痛みで意識が途切れそうになるが、奥歯を噛み締めて意識を保つブラン。


 咄嗟に自らの身体で少女を庇ったために、少女への衝撃は少なかったが、その代償としてブランは大怪我を負ってしまったのだった。



 これまで、ブランが火の竜ファイアードレイクを一方的に攻撃していたと思われていたが、実際のところはブランが反撃されないように細心の注意を払って戦いを進めていたにすぎない。 

 それは僅かなミスがあれば、あっという間に戦況をひっくり返される。

 そんな薄氷を踏むような戦いであった。 


 そのミスが今、起きてしまった。


 大地にうずくまり、苦悶の表情を浮かべるブラン。

 治癒魔術を唱えようとするが、あまりの痛みに集中が出来ない。

 脂汗が流れ呼吸が整わない。


 ブランは早く体勢を立て直さなけばならないと焦るが、そう思えば思うほど集中が乱れる。


「キャァァァァァァァァァァァァ!!」


 懐に抱いた少女の悲鳴に、ブランが視線を上げると目の前が紅蓮の炎に包まれていた。


 火の竜ファイアードレイクが乾坤一擲とばかりに放った炎がブランたちに迫っていた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


待ち望まれるのはヒーロー。

果たしてアルフレッドはどうなるか?


次回をご期待下さい。



モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。



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