第164話 痛定思痛(つうていしつう)

 僕が扉を開くのももどかしくブランのもとへ転移すると、そこは一面の火の海だった。


 肌を焼く熱と見渡す限りの赤。


 それはかつて生命を奪われた現場げんじょうを想起するには十分だった。



 ――――熱い、痛い、苦しい。


 ――――死にたくない。 



 今際の際に脳裏を過ったが再び僕自身を苛む。



 消防士として、救命救急士レスキューとして炎の恐ろしさは十分に理解しているつもりだった。

 だけど、僕は炎の中に飛び込んだ。

 そこに助けを求める少女がいたがゆえに。


 あのときの行為を後悔はしていない。

 それが、自らの目指す救命救急士レスキューのあるべき姿だと思っていたから。


 死んでしまったのは、自分の判断が誤っていたから。

 実力が伴っていなかったから。


 転生を果たしてからは、前世をそう思うことで、自分自身を納得させてきた。

 そうすることで、幾分かは死ぬ寸前の恐怖を、炎に包まれた絶望感を紛らわすことができると思って。



 だが、やっぱり炎の心的外傷トラウマを克服するには至らなかった。



「あ……ああ、あああ…………」


 心臓が早鐘のように鳴り響き、頭の中を何かでグシャグシャに掻き回されている感覚。

 涙が止めどなく流れ、身体の震えはいつまで経っても治まる気配はない。


「うごっ、うげええええええっ」


 込み上げてくる嘔吐感をこらえきれず、道のど真ん中で四つん這いになって、吐瀉物を撒き散らす。


「クソッ!クソッ!クソッ!」

 

 あまりの情けなさに、僕は何度も何度も地面に拳を叩きつける。

 どうしてこんなに無力なんだと、自分自身を責めるが、炎への恐怖が薄れることはない。


「すまない……、すまないブラン……」


 僕が謝罪するために頭を上げる。

 炎の中にいるブランの姿を記憶に留めるために。



 ――――そのとき目が合った。



 炎の壁の向こうで、黒焦げになりながらもまだ戦うことを諦めていない少女と。


 あるいは、僕の逃げたいと思う弱い気持ちがそう見せたのかも知れない。

 

 とにかく、そんな些細なことはどうでもいい。


 間違いないのは、まだブランが諦めていないという気持ちが僕に伝わったことだった。

 

 ブランのその強い気持ちは、僕の頼りない背を押すには十分だった。


「こんな状況でも、ブランは諦めていない!ならば……、ならば、僕…………いや、だって諦めてたまるかよぉ!」


 そう叫んだ僕は、両足に力を込めるとゆっくり立ち上がる。

 生まれたての子鹿だってもっと軽やかに立ち上がるであろう。

 ほんなことを自嘲しながらも、僕はゆっくりと魔力を全身に漲らせる。


 まだだ……、まだ諦めきれない…………。

 ブランが……、俺の半身がまだ戦ってるじゃねぇか!


 頭を上げろ!

 目を開け!

 腹に力を入れて覚悟を決めろ!


 俺は自分自身を鼓舞しながら、目の前の炎の壁を睨みつける。


 あのときは、こんな炎をくぐったじゃねえか!

 あのときは、炎の中から少女を見つけたじゃねえか!

 あのときは、ちゃんと少女を助けたじゃねえか! 

 

 だったら今度は、間違えなきゃいいだけだ。



 おらぁ、動けよ、俺!


 俺は自分の頬を自分の拳で殴りつける。


 ………………痛えよ。


 だけどスッキリした。

 ああ、やってやろうじゃねえか!


 この世界でも要救助者ブランを助けて見せる!




 炎に怯え、暗く濁っていた俺の瞳に闘志が宿った瞬間だった。 



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


なかなか、難産でした。

ようやくアルフレッドが頭を上げました。

炎恐怖症の克服とはいきませんが、反撃が始まります。



短編新作を投稿しました。


『転生したらトイレの神様だった件』


異世界転生したトイレの神様がウォシュレットトイレの設置を目指す物語です(汗)


トイレ縛り、人の目に触れない縛りでどこまで話を膨らませられるかの実験作です。


是非、ご一読下さいませ。


モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。

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