第103話 日進月歩(にっしんげっぽ)
グランシア王国の西方には大森林と呼ばれる魔境が広がっている。
大森林に名前はない。
この世界で唯一無二の存在だからこそ、あえて名前を必要としないのであった。
大陸の西方一帯を占めるその森林は、豊かな食材と数多の資源を人々にもたらしている。
だがその反面、大森林に生息する多種多様な魔物たちが付近の町や村にまで現れて、住民らに襲撃を加えることも少なくはない。
それはある意味では災害とも言えるであろう。
大森林の魔物襲来に備えるのは、【西域守護】王国第二軍と、森林と領地が接している【北部辺境伯】そして、僕の父上である【南部辺境伯】の三者になる。
王国第二軍と言えば【王国の矛】と呼ばれる程の最精鋭であり、南北の辺境伯は最上位魔術を使いこなす魔術師が当主という席に就いている。
『剣術と魔術の頂点をもって魔窟に当たるべし』
これは、初代国王【アーサー・フォン・グランシア】の言葉である。
大森林との関わりは、建国以来の重要なものであったことが窺える。
もっとも近年では、北部辺境伯家が最上位魔術である【八寒地獄】を失伝してしまったため、王国北西部の守りが疎かになって来ているとの誹謗中傷が飛び交っているのだが……。
そんな大森林に、僕とブランは立ち入る。
先日は緊急事態だったので、空を飛んで大森林に入ったが、今日はきちんとアグニスの街の西門を通って街を出る。
「おっ、坊主。今日はきちんと門から出て行くのか……って、おい『Dランク』ってどういうことだよ」
アグニスの街の領兵が、僕の冒険者証を見て驚く。
熊獣人のこの人は【ゴートン】さんと言って、先日僕がランドさんと共に戻ってきたときにも対応してくれていた。
あの時は、出て言った記録もない子供が大森林から帰ってきたので、ものすごく怪しまれたものだった。
ランドさんの取りなしや、僕が【飛翔(ウォラーレ)】の魔術を使えることを証明して、何とか信用してもらったのだが。
「はい、今日からランクアップしました」
僕がそう告げると、ゴードンさんは後頭部をガシガシとかきながら、言いにくそうに言葉を選ぶ。
「あ〜、何だ……その……。とにかく、お前が規格外なこと分かった。だがな、隣の嬢ちゃんも一緒なんだろ。だったら無茶とか無理をして嬢ちゃんを泣かせるようなことだけはするなよ」
そう忠告を寄こしたゴードンさんの瞳はとても真剣なものだった。
それは駆け出しの冒険者である僕がたった一人で大森林に入っていった先日のことへの苦言。
そして、僕のことを心から心配してくれているからこその言葉だった。
「ありがとうございます。決してひとりで暴走はしません」
僕がそう答えると、ゴードンさんは「分かればいいんだ」と言って笑顔でうなずいてくれた。
僕が素晴らしい出会いがあったとひとり感動していると、僕の後ろに隠れていた人見知りのブランが進み出てくる。
すると、ブランは倍ほども身長差のあるゴードンさんを見上げると、おもむろに右手の親指と人差し指で丸を作り、残りの指を立てる。
「……」
「なんだ?こりゃ?」
突然のことにゴードンさんも理解が及ばないようだったが、自分の右手でブランと同じように丸を作る。
それは、いつか僕が戯れにブランに教えたハンドサイン。
―――意味は了解。あるいはOK。
ブランが自分からアクションを起こしたことに僕は驚く。
どちらかと言えば、引っ込み思案なところがある彼女が、ハンドサインとは言え自分の意思を積極的に他人に伝えたのだ。
それほどゴードンさんの慈しむ言葉が嬉しかったというのもあるだろう。
だが、普段から人見知りな自分を変えようと、努力していたブランが、確かな一歩を踏み出したのだ。
僕とブランは、近すぎてなかなかお互いが変わっていくことに気づきにくい関係だけど、こうしてちょっとしたことでも目の当たりにすれば、日々成長しているのだなと実感するのであった。
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