第104話 魔術拳士(まじゅつけんし)

 大森林は、前世のテレビで見たアマゾンの熱帯雨林に近いイメージだ。

 多種多様な広葉樹が所狭しと立ち並び、それらが陽の光を求めて高く高く成長するため、空が樹の葉の屋根に覆われる感じだ。


 そのため、日中でも薄暗く陰鬱としているが、森全体が醸し出す雰囲気というか、荘厳な空気というか、語彙が少なくて上手く言い表せないが、とにかくすごい場所であることは間違いない。


 さらに、そこに住まう生物も千差万別であり、見たことのない虫や、やたらと大きな動物たちが闊歩している姿を見るとワクワクが止まらない。


 それはブランも同じようで、軽鎧から出ているシッポが左右に大きく揺れていた。


「いつも思うけど、すごい森だよね」 


 実際は、先日のランドさんたちの救助のときばかりではなく、過去にはくがねたちを味方にするときなど、これまでにも何度も立ち入っているので、そこまでの感動はない僕だが、何度来てもこの壮大な雰囲気にはただただ圧倒されるばかりだ。 


「ほおおおおお」 


 ブランも同じはずなのだが、彼女は思わずそんな言葉を漏らしていた。

 いつもは、日が暮れてからコソコソと大森林に入っていたので、彼女にとっては木漏れ日が注ぐ大森林の様子は初めてのことだ。


 この幻想的な雰囲気に、驚いてしまうのも無理はないことだ。


 他の人が見れば、それほど表情が変わっているようには見えないだろうが、僕ほどのブランマニアにかかれば、彼女が今までにないほど驚いていることは一目瞭然だ。

 瞳が数ミリほど大きく見開かれ、頬にも僅かな赤みがさし、声がごく僅か震えている。


「一緒に見たことがない世界を見に行こう」


 以前に、そう言ってブランに冒険者になろうと誘った僕としては、こんなに驚いてくれると嬉しくなる。


 僕たちは鬱蒼と茂る森の中を奥へ奥へと進んでいく。

 歩く道は、これまでに冒険者の先人たちが何度も行き来して踏み固めたけもの道だ。

 冒険者の歴史を感じつつ、僕らは森を進むのであった。



 森は外から訪れる異物である僕たち冒険者に、容赦なく牙を剥く。


 森に住む魔物の襲撃だ。


 体内に魔石と呼ばれる魔力の塊を持つのが『魔石を持つ動物』つまり【魔物】と呼ばれる。

 これらの魔物は、魔力密度の濃い場所に住み着くため、大森林ともなれば魔物の種類も数も少なくない。


 今、僕らの前に躍り出たのは【キマイラ】だった。

 獅子の体に獅子と山羊と蛇のアタマを持つ凶暴な魔物だ。

 その獅子の前脚から繰り出される強力な一撃もさることながら、3つの頭は炎を吐くと言われている。

 

「……うげっ」


 獅子頭の口元にチロチロと見えた炎に、思わず嫌悪感を露わにする僕。

 すると、それを見たブランがキマイラが炎を吐く前に肉薄し、その双拳であっという間に討ち果たす。


 もうすごかった。


 最初の一撃で殴られた獅子の頭が爆散して、その直後には、両脇の山羊と蛇の首が手刀で切り落とされていた。

 まさに瞬殺。


「……出落ち?」 


 そう言いたくなるほど一方的だった。

 炎を吐く暇もないほど。

  

 昔は一緒に剣術も習ったことがあるブランだが、魔力操作を覚えて、より効率的に身体強化を行えるようになると、その拳で戦う方を選択するようになってしまった。


「魔術より殴った方が早かった」


 とはブランの言だ。


 いや、確かに詠唱破棄するよりは早いけどさあ……。

 近接戦は拳闘で、遠距離は魔術が詠唱破棄で飛んでくる。


 どんなラスボスよと言いたくなるよね。 


 まあ、そんな訳でウチの幼馴染みは、着々と【魔術拳士】としての力を高めているのであった。


 そして今、僕らの足元には3つの頭を打ち砕かれたキマイラの亡骸が転がっている。


「たぶんキマイラって、討伐ランクが高かったはずなんだよね」

「大したことない。地竜の方がしぶとかった」

「それって生態系の頂点だからね」 

「むん」


 

 ブランがアタマを撫でて欲しそうに突き出すので、僕はブランを撫でつつ軽鎧に付いた返り血を【浄化(プルーゴ)】でキレイにする。


 彼女にとっては高ランクの魔物も取るに足らないようだ。


 心強く思うとともに、いつまでも守られる存在でもないことに、少し寂しく思う僕がいるのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


連休中だったので頑張りました。

また書き溜めに入りますので、少々時間を下さい。


モチベーションにつながりますので、レビューあるいは★での評価をお願いします。



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