第102話 精励恪勤(せいれいかくきん)

 僕らの初討伐依頼は『ブラッディボア』だ。


 それは、軽トラックほどの大きさのイノシシが相手となる。

 実はランドさんたちを助けた帰りに、何頭か狩っているので既に達成済みだったりするがこれは内緒だ。


 当座に必要な肉は手に入ったので、ホントなら依頼を取り下げても良かったのだが、ランドさんはそれを良しとしなかった。


「どうせ、依頼失敗が重なった案件だし。もう誰も手は出さないよ。それなら、アルフレッド君たちが討伐できるようになった時のポイントアップのために残しておくよ」


 そう言って、わざわさ依頼を残してくれたのだ。

 決して安くない依頼料なのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 だからこそ、魔物討伐が認められた今、僕らはさっさと塩漬けの依頼をこなしてしまおうと考えたのだ。


 死と隣り合わせの商売だからこそ、冒険者は験を担ぐところがある。


 げん――いわゆる、ジンクスと呼ばれるもので、例えば家を出るときに右足から踏み出すと良いことがあるだとか、赤い下着を着けてると運気が向上するとかだ。


 よく、スポーツの選手がこだわるルーティンもこの一種にあたる。


 そう言えば、前世の消防署員時代にも、特別救助隊トッキュー時代にも、軽々しい発言は絶対にしてはならないというジンクスがあったなと思い出す。

 

「今日は何も無かったッスね」


 仮に平穏な一日だったとしても、新人がそんな軽々しい発言をしようものなら、先輩や上司に泣くほど指導されたものだった。


 何故なら、そんな発言があったときに限って、直後に大きな事案が発生することが少なくなかったのだ。


「あ〜あ、アイツのせいで現場だよ」

「余計な発言しやがって」

「バカ新人が気を抜きやがったからだ」


 そんな発言をした新人は、先輩上司に嫌というほどなじられる。

 決してその新人が事案を起こした訳ではないのだが、軽々しい発言が神様や仏様の機嫌を損ねたと本気で信じられていたのだ。


 冗談のような話ではあるが、結構バカにできない頻度で起きたていたので、新人もいつしか軽々しい発言を控えるようになっていく。


 僕自身、世の中にフラグというものが実際にあるのだと思ったものだった。


 閑話休題


 科学まみれの前世ですら、そんな感じだったのだから神や魔術が存在するこの世界であれば、験担ぎもより真剣に考えられていた。


 そんな冒険者の験担ぎの中に『失敗の続く依頼は受けない』というのがある。


 単に縁起が悪いというのもあるが、失敗に至る何らかの要因が存在するのではないかとも疑われるのだ。

 そうして、失敗が重なった依頼は誰も引き受ける者がいなくなり塩漬けとなるのであった。


 依頼が塩漬けになってしまった場合、依頼主は依頼を取り下げるか、条件を再設定して依頼をし直すことになる。

 この場合の条件とは、依頼料の増額や成功の基準を下げる等を指す。


 ここで、何とか依頼を受けて欲しい依頼人と、縁起が悪い依頼は受けたくない冒険者との駆け引きが行われるのだ。


 そんなごちゃごちゃしたやり取りを仲介するのが冒険者ギルドというわけだ。


 時には依頼人にアドバイスをして、無茶な依頼をさせないようにしたり、失敗が重なった依頼の見直しを勧めたりもする。


 単に依頼文を貼り付けてるだけではないのだと、ランドさんから聞いて驚いたものだ。


「ベテランの人の中には、わざわざ塩漬けの依頼ばかり請け負うお人好しもいるんだけど、俺の依頼は原因不明で失敗が重なっているから、気味悪がって誰も受けないはずなんだ。まさか、王都の大商会が妨害していたなんて誰も思わないもんね」


 そう話していたランドさん。

 やっぱり、先輩から話を聞くのはためになるなと感じたものだ。


 そう考えると、初めての討伐に先達の冒険者と共に行くという制度は有りだなと思えてくる。


 飛び級した僕らは、先達から教えを受ける機会には恵まれなかったな。


 いや、最悪の場合はカレナリエルさんや、ミネットさんたちに教えを請うことも有りかなと考える僕であった。

 

 


  


 

 

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