第155話 青雲之志(せいうんのこころざし)
「ええええええええええええええ!!何でいるんだよ!!!」
「うるせえ、黙れ!」
「うぎゃあっ!!」
室内にルルの驚愕の叫びが響き渡り、数瞬の後には重々しい打撃音が響き渡る。
ここは、大きな部屋の中に多くの机と椅子が並べられた場所…………つまりは『教室』だ。
教室にいるのは、ルルたちのような冒険者になりたての者たち。
「俺たちは兄貴から聞いてたから知ってたけど、驚き過ぎじゃね?」
「…………だ、だって」
あの涙の宴から数ヶ月、かねてからギルドとともに進めていた計画が日の目を見ることになった。
それが『養成学校』であった。
教会の跡地に建てられた地上三階建のその建物では、様々な目的に沿った教育が行われることになる。
教会の司祭たちを師とした一般的な教養。
某商会から派遣された者による商売関係の教養。
そして、冒険者を
やはり、冒険者という特殊な職に就くのであれば、最低限に必要な教養は受けておくべきだとの考えに至った僕が、各方面に働きかけて実現させたものだった。
僕も前世では、消防士となるため消防学校に通っている。
そこでは、消防士として必要ない最低限度の教養を学んでいた。
実際に現場に出れば、机上とは全然違うとは感じるが、それでも最低限の知識と訓練があったために何とか対応することが出来ていた。
それならば、冒険者にとってもそんな環境があればいいなと思って、少しずつ少しずつ計画を進めていたのだった。
スポンサーには【食】の二つ名を冠する大商会【フォティア商会】と、【
もちろん、その見返りは全て受け入れた。
まず、フォティア商会側は、この学校に関する一切の支払いを受け持つ。
しかも、商業の教師まで派遣することを確約。
その代わりに、優秀な生徒に対して最優先での交渉権と、卒業した冒険者に対する依頼料の一律一割引。
優秀な人材の引き抜きは当然のこと、依頼料の一割引は大きい。
もしも、卒業生の中からA級冒険者やB級冒険者が出れば、数回の依頼だけで元が取れると見越している。
クレス…………なかなかの博打打ちだな。
「アル様が携わるんですから、それくらいの者がポンポン出てきてもらえないと困ります」
そう満面の笑みで言われたが、かなりのプレッシャーだよ。
そして、
一般教養に少しだけ、神の逸話を使わせて欲しいとの要請を承諾。
そこで、信仰に目覚めた者は教会側で引き抜くことも了承した。
そもそも、教会側の言う神の逸話にあっては、前世で言うところの昔話に近いところがあり、非常に教訓めいていてためになるところも多いのだ。
人のためになるのならばと、喜んで受け入れることにした。
しかし、このままではあまりにも教会側に旨みがないのではと思われるかも知れないが、実はマーガレット枢機卿の本当の目的は識字率を上げることにあった。
これによって、聖書を読む人々が増えると見込んでいるのだ。
前述したとおり、神の逸話をまとめた聖書は、宗教的な意味合いを別にしても、ちょうどいい読み物であった。
とある聖人の冒険譚や、とある聖女の感動的な逸話など、物語としてもなかなか面白い。
これを広めることが出来れば、信者の獲得に大きく寄与することになるだろう。
実は、この世界で活版印刷の実用化には成功していたりする。
大きなハンコを作って、ページに押し付けるという原始的なやり方ではあるが、それによって聖書の大量生産が行われている。
こうしている間にも、教会の地下では、孤児たちが良いアルバイトだと喜んで刷っていたりする。
前世でも、最も読まれている本は聖書と言われるくらいだから、その作戦はあながち間違えはないだろう。
そして今、冒険者の教室では、先日冒険者を辞めた【豊穣の大地】のゴメスさんが教鞭をとっている。
他のメンバーも、教員や職員として採用した訳だ。
「だって……師匠。似合わねぇカッコ……」
「うるせえ!」
はちきれんばかりのスーツ姿のゴメスさんが、顔を赤くして再び拳をルルの頭に落とす。
明るい笑いが教室に響き渡る。
いい感じだ。
これならばきっと。
僕がこの学校を作ろうと思った理由が、こうして事前に知識や訓練をして、少しでも冒険者の死亡率を減らせればと思ったこと。
そして…………。
「ずいぶんと、盛況なようじゃな」
授業の様子を眺めていた僕に、背後から声をかけられる。
振り返れば、冒険者ギルドの
「ええ、初年度でこれほどまでの反響があるとは思いませんでした」
「まあ、お前さんの育成技術は【蒼穹の金竜】を見れば一目瞭然じゃからな。孤児院上がりの小僧どもが今や若手のホープじゃからな」
「あれは僕よりもブランのおかげですよ」
「それも
「アハハッ。そのとおりです。参りました」
「それにしても、ありとあらゆることが完全無料の学校。しかも、昼食まで出るとあっては、街の子どもたちも通うのは当然か……」
「食事で釣るのも、手のひとつですよ」
「さすがは、フォティアのオーナーじゃな。やることなすことが巧みじゃ。それに
「あっち?……ああ、そうみたいですね」
「ワシも呼ばれておるからな、そこでいろいろと受けた恩は返すつもりじゃ」
「何を企んでいるのかは分かりませんが、程々にしてくださいね」
「ホッホッホ、それはどうかのう。それではまたな」
そう言って立ち去るグスタフさんを見送ると、その視線の先に商業の教室があった。
「いいですか?商売の基本は『お客様の幸福が、売り手の幸福』なのです。どこぞの商会とは言いませんが、お客様を騙して利益を上げようとするなど言語道断です」
そっと中を覗いてみると、教師のクレアが生徒たちにそう力説していた。
何とフォティア商会は、ナンバーツーのクレアを派遣するほどの力の入れようだった。
そんな教室の中には、先日冒険者を辞めたばかりの【輝道の戦士】の面々の姿があった。
僕が学校を作ったもうひとつの理由。
それは、残念なことに志半ばで冒険者から足を洗わねばならなかった者たちへの違う人生を提供したかったから。
あらゆることを一から学ぶので、さぞ苦労も多いことだろう。
頑張れ、頑張れ。
願わくば、彼らの人生に幸あれと思わざるを得ない。
僕が作った学校は、このようにして動き始めたのであった。
★★
冒険者や孤児に教育を施すという画期的な方策により、冒険者の質の向上や領民の識字率や技術の向上に繋がった。
これにより、シュレーダー辺境伯領自体もより強固でより精強になっていく。
その原動力となった学校――――アグニス学園は、教育のひとつの形として全国へと広がっていく。
それでも、アグニス学園は弱者や冒険者への教育の場の祖として、他の教育機関の追従を許さないほどに優秀な人材を育生するのであった。
そして、記念すべき第一期生からは、二組の高ランク冒険者パーティーが輩出される。
ひと組目は【双龍】の二つ名で有名な冒険者、アルフレッドとブランの最初の弟子【蒼穹の金竜】である。
彼らは圧倒的な攻撃力を武器に【A級ランク冒険者】として、長くアグニスの冒険者ギルドのエースとして君臨した。
そしてもうひと組は、【反逆の隻眼】
彼らは【Bランク冒険者】に留まるも、その堅実的な戦い方は、【ギルドの矛】と呼ばれる【蒼穹の金竜】に対して【ギルドの盾】と呼ばれるに至る。
特に大森林における救助作業には定評があり、数多の冒険者たちが彼らに救助されて、命を救われることになる。
一方で、冒険者を辞めた【輝道の戦士】たちは、必死で知識を技能を収め、天下のフォティア商会にスカウトされるほどに成長を果たす。
今では、アグニスの街やその付近の村々の店舗を任せられるまでに信任を得る。
こうして、アルフレッドが作り上げた学園は、今も優秀な新人たちの登龍門となっているのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
本作品が、『無自覚〜』とともにカクヨムコンの中間選考に残りました。
いやぁ、これもひとえに応援してくださる皆さんのおかげです。
やっぱり、何か良いことがあると、やる気が出てくるもので、筆が走りますね。
結果が出るまではまだまだ先で、これからどうなるかは分かりませんが。
精いっぱい頑張りますので、さらなる応援をお願いいたします。
すべては、モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。
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