第84話 奸知術数(かんちじゅっすう)

 『ハンザ商会』は、古くから辺境伯領西端の街【アグニス】で商いを営んできた。


 主な商材は、魔物の肉を中心とした食材。


 魔物を食する行為は、王都あたりではまだ一般的ではないが、【ヤースニッツ大森林】に隣接するこの街では、当然のこととして受け入れられてきたのだ。


 だが『長者三代』とのことわざがあるように、ハンザ商会でも三代目の主になって経営が思わしくなくなっていた。


 その理由は、三代目の奔放な経営方針と、王都への出店が失敗に終わったことだった。

 そんなボンクラ三代目のもとに、今日は珍しく来客があった。


「これはこれは【サガン】様、わざわざお越し下さってありがとうございます」

「いえいえ、例の件の進み具合はいかがかと思いましてね」


 屋敷の中でも特に豪奢な部屋の中には、揉み手をして応対している禿げ上がった頭に軽薄そうな笑みを浮かべた人族の男と、一見すれば人好きのする笑顔の狸族の男がいた。


 人族の男がハンザ商会三代目の【ムト】


 狸族の男が王都の大商会【カイウス商会】の補佐役サガンであった。

 

「いやぁ、予想どおり『かがり火ファッケル』の夫婦は大森林に入ったみたいです」

「ほほほほ、これであとは森の魔物に襲われるだけですねえ」

「何しろ高い金を出して雇った『獣』ですから、そこはきちんと殺してくれるでしょう」

「これでこの街で、食べ物を出す店は、全てあなたの商会の言いなりになる。そして、あなたの商会はこの街の経済の中心になるわけですね」

「これも競合相手を潰していただいたおかげです。サガン様には足を向けて寝られませんよ」

「ほほほほ、私はあくまでもちょっとしたアドバイスをしただけですよ。それに当商会でも、我らの理念にご理解をいただける商会と取引させてもらえるだけでもありがたいのです」

「そんなご謙遜を。今後ともよろしくお願いします」

「ほほほほ、それにしても、あの店も我々に楯突いたばかりに。店主夫妻がいなくなると、もうつぶれるほかありませんねえ」

「そうですな、確か年端もいかない娘がいたかと。かわいそうな娘のために、私が店ごと買い取ってやってもいいですな」

「ほほほほ、言い値で買い叩く訳ですね。残された娘はどうします?」

「そのうち、両親が恋しくてどこかに行ってしまうかも知れませんね」

「ほほほほ、娘も金にしますか。なかなか悪どい」

「これくらいしてやりませんとね、私は娘の父親に殴られているものですから。何が『アグニスの店の灯を消すな』だ。大人しく、我々の指示に従って商売をしていればいいんですよ」

「ほほほほ、そのとおりですねぇ、分を弁えないものが身を滅ぼすのは世の常。バカなことをしましたねぇ」

「まったくですなぁ」


 そんな胸くそ悪い会話が交わされていたのだが、それを知る者はいなかった。



 サガンたちの直ぐ側に立つ二人を除いて。

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