第85話 内柔外剛(ないじゅうがいごう)
悪徳商人同士の会話は、すぐそばでブランとアリシアに聞かれていた。
「ひどい!」
思わずアリシアが叫んだことで、彼女たちにかかっていた【隠形(ケラレ)】の魔術が解ける。
いわゆる光学迷彩の技術を魔術で再現したそれは、自分たちの姿を周囲の景色に溶け込ませて、すぐ近くまで接近しても、そうとは気づかせないほどの精度を誇っていた。
「あっ!」
事前に、決して声を出さないようにと説明を受けていたにもかかわらず、アリシアはムトたちのあまりにも非道な行いに感情を押さえきれなかったのだ。
突如、室内に現れたふたりの少女に、悪徳商人たちは驚きを隠せない。
「てめえら何モンだ!」
自身の動揺を悟られまいと、ムトがやたらと大声で怒鳴る。
その大声に、ブランが耳を押さえる。
「……うるさい」
だが、ムトは止まること無くキャンキャンとわめき散らす。
「いったいどこのネズミだ?勝手に部屋に入り込みやがって。ん?オマエ、ランドの娘か?そうか、心配で潜り込んできたのか。だがなぁ、もうオマエの両親は終わりなんだよ」
「ひどい、何の恨みがあったの!」
「恨みなんてないがな。ただ、この街で商売するのに邪魔だっただけだ」
「そんなの衛兵が知れば、あんたの悪事なんて……」
「バ~カ。ここまで知られてのこのこ帰らせると思うか?ねえ、サガンさま」
「……ん、ああ」
ペラペラとムトが自らの悪事を誇っている間、実のところサガンは一切そのやり取りを聞いていなかった。
ただただ、たったひとつのことだけを考え続けていた。
――――何でコイツらはここにいる?
商会の出入口には、サガンの配下や護衛が配置され、商談のこの場には蟻の子一匹すら入り込む隙もないはずだ。
しかも、突然現れたのは魔術か?
この小娘が使ったというのか?
サガンはムトと感情的に口論している娘を見る。
とても、魔術を使っていたとは思えない。
ならば……。
そう考えて、ムトと口論している娘の後ろに立っている獣人の娘を見る――と、その娘と目が合う。
ゾクリ
突然、サガンの背筋に冷たいものが走る。
これこそが、サガンがこれまで商売という戦場で生き抜いてきた本能。
何の確証もないが、この獣人がすべての元凶だと確信する。
そのとき、ひとつの噂がサガンの頭をよぎる。
曰く、獣人の魔術師が『黒龍の牙』の面々を一方的に蹂躙したと。
本来ならば一笑すべき噂。
これまで、獣人が魔術を使えるなどと聞いたこともなかったからだ。
しかも、話を聞くべき『黒龍の牙』のメンバーは行方知れずとなっており、その真偽は不明。
だが、サガンはこの獣人と目が合って言い知れぬプレッシャーを感じ、それが真実であったと悟る。
「オマエ、【獣魔】か……」
「ん」
「どうやってここに……」
「魔術で」
サガンとブランの会話が耳に入ったムトが、ドヤ顔でこれを否定する。
「はぁ、獣人風情が嘘をつくのもほどほどにしろ。獣人が魔術なんて使えねえんだよ」
ムトが得意気に獣人差別をするが、さっきまで商談をしていたサガンも狸の獣人であることを忘れている。
それが身代を潰すほど放蕩な経営をしていたこの男の限界。
「黙ってろ、三下ぁ!」
この状況のヤバさを感じ取れない商売相手の無能さに、サガンの苛立ちが頂点を迎える。
「……なっ」
「なぁ、嬢ちゃん。今なら俺たちは計画を中止できる。そしてこの件から手を引く。それで手を打っちゃくれねえか?何なら賠償金も払ってもいい」
「サッ、サガン様。何を言っているので?」
慌ててムトがサガンに問いかけるが無視。
この白狼族の娘との交渉が纏まらなければ、身の破滅だとサガンの頭には警鐘が鳴り響いている。
――だが。
「ムリ」
「なっ、今なら『かがり火』のふたりは助かるんだぞ」
「そっちはアルが何とかする」
「たっ、頼む。金も払う」
「いらない」
ブランが交渉を脚下すると同時に魔力を解放する。
濃厚な魔力が、場を満たすとともに白狼の少女の髪が逆立つ。
「オマエたちはアルの邪魔をした。万死に値する。それだけのこと」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
次回、おしおきだべ~。
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