第86話 悪因悪果(あくいんあっか)

「誰か!誰かぁ!」


 サガンは身の危険を察知し、配下の者や護衛を呼ぶ。


「はっ?」


 だが、危険性を一切感じていないムトは、現状に思考が追い付いていない。


(ここまで来て、このヤバさに気づかねえのかよ!無能が!)


 サガンは舌打ちしつつ、内心でムトを罵る。

 

 そう間もおかず、配下や護衛たちが部屋になだれ込んでくる。


「侵入者だ!殺せ!殺せえええ!」


 サガンは半狂乱になりながら指示を飛ばす。


 時には商売相手を破滅させ、時には同僚を裏切り、『カイウス商会』でたった5人しかいない補佐役まで登り詰めた栄光を、こんな辺境の地で潰えさせるわけにはいかない。


 サガンの指示に一瞬躊躇した護衛たちであったが、依頼主の指示は絶対である。


 剣を抜き放ち、たちまちブランたちに殺到する。


 だが、ブランは眉ひとつ動かさずに反応する。


「アリシアは下がってる」

「うん」

「吹き飛べ【突風(インペトゥス・ヴェンティ)】」


 すると室内に暴風が吹き荒れ、護衛たちはおろか部屋に飾られていた趣味の悪い壺や宝飾品も吹き飛ぶ。


「ああ~、ウーヴェの壺が!今度は、ヒャエッポの花瓶んんんんん!」

「うるさい。痺れろ【麻痺(オピアム)】」

「んぎゃあああ!」


 ブランは、先ほどからやたらとうるさいムトを、麻痺させて黙らせる。


 この魔術は以前に、彼女の父親で実験したところ、麻痺する直前に強い痛みが走るらしいが、そんなことは知ったことではない。




 サガンの護衛は十名を超えるほどであったが、部屋のドアをくぐった先からブランの魔術の餌食になっていく。


 ある者は、風に飛ばされ

 ある者は、氷で射抜かれ

 ある者は、雷で穿かれる


 こうして、狭くはない部屋に、次々と護衛の躯が積み重なっていく。

 殺してはいないので、正確には躯ではないが、そう言われても違和感がないほどに護衛たちは打ちのめされていた。

 少なくとも、もう二度と武器を手にすることは出来ないであろう。

 それほど、彼らは肉体的にも精神的にもやられてしまったのだ。


 ここまで、一方的かつ徹底的に叩きのめされたのは、いかにブランが激怒していたかの証左でもあった。


「すっ、すまない!俺たちは命令されただけなんだ!」

「うるさい」

「んぎゃあああ!」


「こっ、降参する。降参、降参だ!」

「もう遅い」

「ひぎゃあああ!」


「…………ダメですよね?」

「ダメ」

「ぎょへえええ!」


 激おこのブランに何を言っても、もはや交渉の余地すら無かった。

 部屋のあちこちから、悲痛な護衛たちの叫び声が上がっていた。


「何なのよ、これ……」


 アリシアは、目の前の光景にただ呆然とするばかりであった。

 おかしな魔術を使うので、それなりには強いのだろうとは思っていたものの、まさかの蹂躙劇。

 悪徳商人の護衛など、同じ穴のムジナだから可愛そうだとも思わないが、ここまで執拗に攻撃をされるとむしろ憐れにすら思えてくる。

 


 サガンが護衛を呼んでから数分。

 部屋の中で立っている護衛はひとりもいなかった。


 山のように積み重ねられた護衛たちは、ただただうめき声を上げるばかりであった。




「さあ、あとはオマエだけ」


 ブランがサガンに振り返ると、彼は火打ち石を取り出して、必死にとある羊皮紙を燃やしているところだった。


「ああっ!」


 おそらくそれこそが、サガンやムトの悪事の証拠であったろう。

 目の前で羊皮紙が燃えていく。


 それに気づいたアリシアが、悲痛な叫びを上げる。


 仮にムトたちを罪人として訴えたとしても、証拠がなければただの言いがかりと判断されかねない。


 方や食堂の娘で、方や王都の大商会の幹部、あるいは老舗の商会の三代目のいずれかを世間では信用するか、火を見るよりも明らかだった。


 アリシアが絶望感にとらわれ、サガンが罪証隠滅を果たした達成感で高笑いを始める。


 そんな雰囲気の中、ブランは燃やされた羊皮紙に手を向ける。


「やっと動いたか。蘇れ【再生(レノヴァーチ)】」


 そうブランが呟くと、羊皮紙を燃やした後に残った灰が、みるみるうちに元の姿を取り戻していく。


「はああああああ!?」

「えええええええ!?」


 サガンは魔術が使えない獣人であるため、そこまで魔術には詳しくない。

しかし、これまで長い間生きており、間接的にではあるが数多くの魔術は見てきたとの自負がある。


だがそれでも、一旦燃え尽きて灰になった物が、元通りに再生する魔術など見たことも聞いたこともない。


 ゆえに、証拠を燃やし尽くして全てをやり遂げたと思っていたのに、その考えが根本から覆される。


ーーーやっと動いた


 その言葉を思い出し、サガンは自分があえて火をつけるまで見逃されていたのだと知る。


 自分が真っ先に隠滅する重要な証拠はどれかを明らかにするために。


 もはや、サガンは膝から崩れ落ちて立ち上がれない。


「もう終わりだ……」


 蒼白になっている狸獣人とは裏腹に、アリシアは喜びにあふれている。


「ブラン、すごいわ!」

「すごいのは私じゃない。魔術を教えてくれたアルがすごい」


 ブランはアルフレッドがすごいのだと力説する。


「それは分かってるわよ」

「ならいい。アリシア、衛兵を呼んできて」

「どうするの?」

「コイツらを引き渡す」

「大丈夫なの?私たちも不法侵入なのに……」

「それも大丈夫」

「わっ、分かった。あなたを信じる」


 そう言って、アリシアが部屋を出ていく。


 やがて、室内にはブラン以外で意識があるのはサガンだけとなる。


「なあ、『獣魔』殿。ここは私を見逃してくれないか」

「ムリ」

「金ならいくらでも払う」

「ダメ」

「冒険者なら、王都の本店に融通を効かせることもできるが」

「必要ない」

「それなら……」


 往生際悪く交渉してくるサガンの言葉をブランが遮る。


「オマエたちはアルの邪魔をした。万死に値する」


 先と同じ言葉を繰り返すブラン。

 そこにはブランの激憤が込められていた。


「あああああ……」


 麻痺させられて動けずにいるムトと、崩れ落ちて動けずにいるサガンに、破滅の時が刻一刻と近づいていた。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


500文字ほど加筆しました。


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