第87話 孫楚漱石(そんそそうせき)
ちょっと物足りなかったので、前話を500字ほど加筆しました。
一読していただければ幸いです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ブランがうずくまっている狸獣人を注視していると、部屋の外が騒がしくなる。
「お待ち下さい、いったい何ですか!」
声を荒げて制止しているのは、ハンザ商会の従業員だろうか。
だが、足音は迷うことなく客間に近づいてくる。
どうやら、アリシアが無事に衛兵を呼んできたようだ。
扉を開けてアリシアが部屋に飛び込んでくる。
そして、その後ろには、全員が同じような装備で身を固めた男たちが続いている。
「ブラン!連れてきたわ!」
「ん」
「失礼、ここで、不正な企みが行われていると聞いたが?」
男たちの中でも、一際強者の雰囲気を醸し出している強面の男が、ブランにそう尋ねる。
「ん。あそこに……」
「衛兵さん、暴漢だ!あの小娘が突然この部屋にやってきて、私たちを襲ったんだ!」
ブランの説明を遮り、狸の獣人が大声で喚く。
自分たちが『かがり火』の夫婦を騙して、その命を奪おうとしたことを知らなければ、ブランたちはいきなりやってきて一方的に狸獣人たちをボコボコにした暴漢とも見える。
「なっ、何よそれ!アンタたちが、お父さんやお母さんを陥れようとしてたんでしょ!」
「そんなことは知らんな!だいたい私を誰だと思ってる?あのカイウス商会の補佐役サガン様だぞ!」
そうハンザが叫ぶと、衛兵たちの間にもざわめきが広がる。
「なんと……」
「カイウスって、あの大商会のか?」
「いったいどうなってんだ?」
そのざわめきで旗向きが変わったと感じた狸獣人は、続けてありもしない言い訳を始める。
「そこの小娘が何と貴方たちに説明したか知りませんが、私たちは被害者です」
「なっ!」
「私とそこに転がっているムト氏とは、この部屋で
「そんなこと無い!アタシたちはアンタがお父さんやお母さんを騙した話をしてた!」
「何でそんなことが言える?」
「アタシたちは、ブランの魔術で身を隠して話を聞いてたもん」
「おやおや、言うに事欠いてそんな夢物語を。皆さん、姿を隠せる魔術なんて聞いたことありますか?しかも、ブランとはそちらの娘さんかな?ああ、獣人ではないですか。獣人が魔術を使えるなどあり得ないではありませんか」
サガンがとっさに虚言で場を取り繕う。
知らない者が聞けば、一理あると思わせる説明だ。
サガンはとにかくこの場を乗り切りさえすれば、あとで何とでもなると考えていた。
仮に先ほど再生させられた証書を持ち出されても、それの真偽をはっきりさせるのには時間がかかる。
つまりは、この場を離れることさえ出来れば、大貴族の庇護下にあるカイウス商会の力で有耶無耶にすることも可能だろうとの計算に至ったのだ。
衛兵が判断に迷った表情をするのを見て、サガンはもらったとほくそ笑む。
だがそこに、鈴の音のような澄んだ声が待ったをかける。
「あがきはそれだけ?」
「なっ、何を言ってる!狼藉者が偉そうに。衛兵さん、こいつらを早く、早く取り押さえて下さい!」
サガンが唾を撒き散らしながら、必死に場を誘導しようと試みる。
衛兵の雰囲気がサガン寄りに変わったと思われたその時、ブランは腰のポーチからひとつのメダリオンを取り出して、責任者と思われる強面の衛兵に渡す。
「ん」
「どうした?……こっ、これは!」
メダリオンを確認した衛兵は、突然片膝をついて、メダリオンを頭上に戴く。
「「「「えっ?」」」」
その光景に、周囲の衛兵はおろかサガンやアリシアも驚きを隠せない。
「控えよ!こちらは【検使】様だ」
「はああああああ!?何だそりゃあ!!」
次の瞬間、部屋中にサガンの絶望の叫び声が響き渡るのであった。
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