第215話 不知案内(ふちあんない)

「最初は、今の【財の枢機卿】であるマーガレット様―――当時はまだ一介の司祭でしたが、その方がおかしなことをしているという噂があって、私がその是非を見極めるために遣わされたのですよ」


 そう語り出したパウロ大司教。


「その頃、ちょうど私は一線を引いたところで、時間を持て余していたものですからね。教皇様から『ヒマしてんなら、ちょっと行って見てこい』と」

「いやいや、そんな適当な命令じゃないだろうに……」


 さすがに、世界規模の宗教団体の長が、そんなに軽い命令をするはずがないだろうと思わずツッコミを入れたヨルグに向かって、微笑んだパウロ大司教は首を振る。


「それが、そうではないんです。教皇様は信者たちから、厳粛で清廉なお方だと勘違いされていますが、その実は面白いもの好きなただのオヤジなんです。人前での姿は作っているんですよ。いわゆる詐欺ですね、あれは」

「…………オレがそれを聞いていいのか?」

「どうせ、他の人に話しても信じてはもらえませんよ。それほどに外面だけは良いですから」


 そう言って苦笑したパウロ大司教に、ヨルグは次の言葉が出ない。


「まぁ、話を戻しますけどね。ホーベルク地方にあるフレイムの街の教会でマーガレット様が販売した『教会マヨネーズ』は、この世界のどこにもない斬新な調味料でした」

「聴いたことがある。なんでも生卵を使った調味料だとか……。だが、卵なんて生で食べたら腹を壊すだろうに……」

「それが違うんですよ。どうやら、身体に悪い何かが卵の殻に付着しているらしくて、それをキチンと浄化さえすれば、問題なく食せるようになるみたいなんです」

「そんな話……」

「聞いたことが無いでしょう?」


 信じられないとばかりに驚く、ヨルグの言葉に被せるようにパウロ大司教は話を続ける。


「それは、世界中の情報が集まる本国聖教国ですら知らないことでした」

「だから……」

「理解が早くて助かりますね。そうです、教会の上層部は、そこにこの世界の理を脅かす何かがあるのではと疑ったのです」

「なるほどな……。で、そこにアルフレッドくんが関わっていた……と?」

「ええ、聞けば卵の殻には『細菌』と呼ばれる目には見えないものが付着していて、それが人の身体に悪影響を及ぼすという話でした」

「…………どこでそんな知識を?それこそ異端だと言われてもおかしくないだろ?」

「そうですね。ですが、この世界には矮小な我々には想像もつかないようなことがゴロゴロしているので、そのひとつだと思えば納得も出来るものですよ」

「はぁ~、そんなもんかねぇ……。まぁ、アンのことだから、アルフレッドくんの人となりを見極めたりはしたんだろうけど……」

「当然です」

「んで、その結果、問題がないと判断されたから教会側はそれを良しとして、当時の司祭さんは、昇格したと……」

「ええ、そんなところです」


 アルフレッドという少年は、やっぱりただ者ではなかったのだと納得するヨルグ。


「それで、それ以降にガンガンと金を稼ぐことになった今の枢機卿が次期の教皇と目されているワケか……。たしかに、ずいぶんと羽振りがよくなったとは聞いているが」


 きっかけは何であれ、金を得る手段を手に入れた功績によって、【財の枢機卿】は次の教皇の最有力者となったのだとうなずいたヨルグであったが、その言葉をパウロ大司教は否定する。


「いえ、私たち教会上層部は、教会の収入を増やしたことよりも、聖者様と聖女様との繋がりの方を重く見ているのです」


 パウロ大司教は、金ではなく、アルフレッドやブランと良好な関係であることの方が、教皇になるためには大切なのだと説明する。


「功績などというものは、枢機卿にまで昇った方々であれば大なり小なりはあるので、そのあたりはあまり重要視はしていません。それよりも、いかに【神聖サンクトゥス教】の名声を高められるかの方が大切なのですよ」

「それが、アルフレッドくんや、ブランちゃんとの繋がり……だと?」

「ええ。この街での対応を見てもらったように、あのふたりはこの先も数々の奇跡や救済を行っていくことでしょう。ですが、残念なことに、彼らはそこまで我々の信仰には興味を示されてはいない」

「ずいぶんとアンタたちを頼っているように見えたが?」

「それは、我々と協力することが人々を助けるのにからです。我々よりも効率が良い方法―――例えば、【アルフレッド教】なんてのを作った方がより多くの人を救えるとなれば、彼らはアッサリとそちらを選ぶでしょう」

「何となく分かる気がする」

「まぁ、聖者様の性格を考えると、そんな宗教のトップになるということはあり得ませんが…………ふむ、聖女様ならやりそうで困りますね……」

「あの嬢ちゃんなら、アルフレッドくんの評判を高めるためにやりそうだ……」 

 

 まだ、短いつき合いであるが、ブランの望みはアルフレッドが評価されることだと見抜いているヨルグは、パウロ大司教の言葉に素直にうなずく。


「そもそも、【聖者】と【聖女】の称号すら無理やり押し付けたようなものですからね」

「教会の上層部は、何がなんでもあのふたりは抱え込みたい、と」

「そのとおりです。あのふたりは、間違いなくこの世界に大きな影響を及ぼす存在でしょうからね」


 そこまで言って、老大司教は軽やかに笑う。


「だから、そのふたりと良好な関係を築き、教会に繋ぎ止めることが可能な財の枢機卿マーガレットが、次の教皇と目されているのですよ」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


世間一般では【財の枢機卿】マーガレットさんは、教会の収入を増やした功績が大きいとされていましたが、上層部ではそんなことよりもアルやブランと仲良しな点の方を重要視しているというお話でした。


知らず知らずのうちに、世界規模の宗教の人事にまで影響を及ぼす主人公たちでした。


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