第183話 五体投地(ごたいとうち)

「あっりがとうございましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!何でもお申し付け下さいぃぃぃぃぃ!!」


 オンボロ教会に響き渡る大声で、華麗なる五体投地を決めたのは、黄ばんだローブを身に纏った年老いた神父。

 みすぼらしい身なりではあるが、その瞳はキラキラと光り輝いている。

 前世のアニメならば、きっと両目が$$になっていることだろう。


「う~ん、ちょっと引くよね……」

「何が?大丈夫?」

「あ~、今日の夕飯は何かなぁ~」

「私、カレーがいい」

「カレーかぁ……。この町の名物なんてものを食べなくてもいいの?」

「安い油と腐った肉、カチカチのパンの臭いばっかり……」

「そっかぁ……、あんまり期待できないのかぁ……」


 僕は目の前の老神父をぼんやりと眺めながら、現実逃避気味にそんな会話を交わすのだった。


       ★★


 時間はわずかに巻き戻る。


 草ボーボーな中庭を抜け、古ぼけた教会へとやって来た僕たちは、やたらと重いドアを開けてロビーへと入る。

 ギィーッとオドロオドロしく鳴る蝶番が、一昔前のB級ホラーを想起させるようだ。


「すいませ~ん。誰かいませんか~?」


 真っ暗なロビーにそう声をかけるが、しんと静まり返った室内からは反応もない。


「帰……ろ、ね……」


 僕の袖を引くブラン。

 相変わらず表情に乏しいが、そのフサフサの尻尾が力なく下に降りているのを見れば怖がっていることは確かだ。


「大丈夫。ボロボロだけど、一応は掃除もしてあるみたいだから、人がいるのは間違いないよ」


 軽く壁を拭ってホコリの有無を確認した僕は、ブランにそう告げて力づける。


 何事にも動じないように見えて、ブランは怖がりな面がある。

 特に、幽霊や超常現象といった類いのものには格段に怯える。

 彼女曰く「直接殴れないものは怖い」とのこと。

 うん、バッチリ脳筋寄りの発言だね。


 でも、そんなところもまたかわいらしいと、僕はブランの肩を抱いてはポンポンと軽く背中を叩く。


「イッ~ヒッヒッヒ。おやおや、かわいらしい坊っちゃん、嬢ちゃんが、こんな辺鄙なトコへ何のご用かね?」


 と、そんなとき音もなく目の前に現れたのがボロボロのローブを身に纏った老神父だった。

 ずいぶんと痩せこけており、その存在があまりにも希薄なせいか、直前に至るまで気づかなかったほどだ。

 老神父はプルプルと身体を小刻みに震えさせながらも、まだ足腰はしっかりしているようで、年の割にはという注釈が付くもののその足取りは滑らかだった。


 老神父がいきなり現れたことに多少驚いた僕だったが、すぐに気を取り直してこの教会へやって来た理由について説明する。


「突然お邪魔して申し訳ありません。私たちは旅の者ですが、こちらの領地ブーフヴァルト辺境伯領に初めて来たので、お話でもお伺いできればと……」


 僕がそう伝えると、老神父は神妙な顔つきで思案にふける。


「この老骨がお役に立てることなどありましょうかのう……」


 あまり前向きではない様子に、僕は奥の手を使うことを決める。


 ダンッ!


 重々しい音が響くほどに勢いよく、すぐ近くのテーブルに皮袋を置く僕。


「これは…………?」


 いきなり取り出した物に、一瞬だけ驚いた表情を見せる老神父だが、それが僕からの寄付だと伝えると、彼は恐る恐る中身を覗く。


「!?」


 やがて、老神父はクワッと双眸を見開くと勢いよく宙に飛び上がり、見事な土下座を決める冒頭へと至るのだった。


 うんうん。やっぱり金の力は偉大だわ。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


仕方ないのですよ、貧乏な教会なので。


今週は再開記念で毎日更新します。

こちらは、更新時間は午前8時にします。



モチベーションにつながりますので、★あるいはレビューでの評価していただけると幸いです。

 

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る