第184話 獅子身中(しししんちゅう)

「確かにここ数年は、隣国との小競り合いが続いておりまして、そのせいで活気が失われていると言うのもありますな」


 カッカッカと某水戸の黄門さまのように大笑する老神父は、名前を【エトガー】と名乗り、ペラペラと町の実情を語る。

 先程までの陰鬱な表情が嘘のように、今は満面の笑みを浮かべている。


 ブランはやっぱりこの教会が怖いと言っては、外に出ていってしまったので、僕は目の前の神父とふたりきりで話を聞いている。


「東伯様からは景気対策の補助金等は出ていないのですか?」


 いくら戦が多いとは言え、領民の生活を蔑ろにしては本末転倒ではないかと思う僕。


 戦時中では、物流も途絶えがちになるため人々が生活に苦しむのも分かる。

 だが、そんなときは領主が主導して補助金を出したり、配給を行ったりして人々の生活をフォローするのではなかったか。

 少なくとも僕は、南部辺境伯の嫡男としてそう教わって来たし、災害で苦しむ領民に手助けをしている父の姿を見てきている。

 なので、素直に気になったことを尋ねたのだった。


「いえいえ、ちゃんといただけるものはいただいております。ただ、それだけでは人々が生活出来ていないと言うのが正しいのでしょうな……」


 真っ白な顎髭を撫でながら、エトガー老は僕の予想とは違った実情を語り始める。


「物の価値が……。そう、物価がですな天井知らずで上昇しているために、いただいているお金だけでは生活がままならないのです」

「物価……?私たちもですが、旅商人は行き来出来ていますし、この町までは戦の火の粉も飛んで来ないのでは?」

「普通に考えればそうなのですが、この町……いや、この東部辺境伯領全体がとある商会に牛耳られてしまっているために、商会の言いなりになってしもうておるのです」


 ここに至って、僕は以前に聞いた話を思い出した。


―――あるンスよ。実際に東伯領では、一部の街や村がカイウス商会の支配に収まったッス。


 それは、アグニスの街でA級冒険者のシピさんと交わした会話。

 彼女は当時、不当廉売ダンピングを行っていたカイウス商会の裏側を探っていたのだった。


 ああ、そうか。

 ここはカイウス商会に牛耳られた町なんだ。


 かつて僕たちは王都のカイウス商会の悪事を暴露したものの、主だった首脳陣は僻地へと逃げおおせたと聞く。

 その逃げた先が、このブーフヴァルト辺境伯領だったということか。

 不当廉売ダンピングを繰り返し、他の商会を駆逐したカイウス商会は、この領地の経済を支配したという訳だ。


 いくら辺境伯が補助金を配ったり、配給を行ったりしても焼け石に水。

 人々は日々を生きるギリギリのところまで搾取されているのだろう。

 加えて増え続ける戦費が辺境伯家の財政を圧迫し、領民への補助金も満足に支払えなくなるという負のスパイラルが生まれることになる。


「そりゃあ町の雰囲気も悪くなるよ」

「お恥ずかしいことながら、当教会もそれで活動がままならず……」

「ですよね」

「幸いにもスラムに住むひとりの少女が、掃除などを手伝ってくれておりますので、まだ人の住む体を保ってはいるのですが……」


 たったふたりでこの大きな教会を管理してるとなれば、あの乱雑具合も納得できる。

 全然人手が足りないのだ。

 一応は【神聖サンクトゥス教会】から聖者認定をされている立場だから、何か出来ないだろうか。


「それにしても……」


 僕は思考を戻す。

 もはやこの町……否、この東部辺境伯領では、カイウス商会系列以外の店は商売が出来なくなっているのだろう。

 町の経済を支配しているカイウス商会の傘下が、表に裏に手を回して数々の妨害をしてくるのは十分に予想がつく。


 正常な競争力を奪う不当廉売ダンピングの恐ろしさを見た気がする。


「辺境伯が介入することは?」

「以前に、辺境伯肝入りの商会に正当な料金で販売させようとしたのですが、その日のうちに何者かの襲撃を受けてしまいまして……」

「ああ、カイウス商会がこちらに本拠を移したのであれば、荒事を担当する者たちも一緒になるか……」


 そうなると、東部辺境伯自身も困っていることだろう。

 本来は優先して排除すべき獅子身中の虫だが、外敵も相手にせざるを得ず厳しい選択を強いられているようだ。

 

「辺境伯様も領軍の一部を警戒にあてて下さっているのじゃが、今となっては旅商人ですら店を開くことを躊躇する始末」

「下手に適正価格で販売されると自分たちの利益が減るだろうから、当然邪魔をするだろうしね……」


 いっそのこと、ロイドが持ってきた商品をここで売りさばくか?

 それよりも、僕やブランが次元収納している生活物資を配給……いや、配給はダメだ。

 東部辺境伯領への介入になってしまう。

 やっぱり、荒事専門の人を雇って……ん?

 そうか、それならば……。


 僕はひとつの案を思いついたので、それを実行するためにエトガー老に尋ねる。


「この町のスラム街はどこにありますか?」

「はぁ?」


 不敵に笑みを浮かべる僕に、エトガー老は呆れた視線を向けるのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ようやく、町を追い込んでいる黒幕が明らかになってきました。


今回、話に出た件は『第91話 経済戦争(けいざいせんそう)』で語られていますので、御一読下さい。


モチベーションにつながりますので、★あるいはレビューでの評価していただけると幸いです。



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