第185話 時世時節(じせいじせつ)

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁん?おいおいおいおい、ここは、お上品な坊っちゃん、嬢ちゃんが来る場所じゃねえんだ!」

「なに、コラ。タコ、コラ!」

「なにがしたいんだ、コラ!」

「身ぐるみ剥がされて放り出されんぞ!」

「お~ん、分かってんのか?ここはスラムだぞ?」

「さっさと帰れや!!」


 オラオラと強面の獣人たちに囲まれている僕とブラン。

 虎や熊、猪の獣人と、なかなかの顔ぶれが揃っていて気の弱い人ならば泣き出しそうではある。

 だが、待って欲しい。

 彼らのセリフは物々しいが、全てこちらのことを気づかって、この場から去るようにと警告してくれているのだ。


「やっぱり、ここにいる面々は根が悪い人じゃないんだな……」


 熊の獣人に、すぐ目の前まで顔を寄せられてガンつけを受けている僕だが、教会のエトガー老が言っていたことが間違いではなかったことに安堵した。


 僕がこれからしようとすることには、ある程度信頼できる人が必要だ。

 だが、町に住んでいる人たちだと柵が多過ぎて不適。

 だったら、世捨て人たるスラムの住人にでも声をかけてみようと考えたのだ。


 もっとも、スラムと一口に言っても、その内情には様々なものがある。

 金や仕事がない人々が身を寄せるもの、迫害された人々が逃げてきたもの。

 そして、数々の犯罪を犯してきた者が身を隠すためのもの、と。


 僕としては犯罪者でなければ、何とでもやり様はあると考えていた。


 実際にこうしてやり取りをしてみた感じで言うならば、ここのスラムの人々は悪人ではないことが窺い知れた。

 そして、おそらくは主に軍人上がりの人々が身を寄せあっているのだろうと予想がついた。


 僕とブランに絡んでいる連中は、何かがあっても互いにカバーできる距離感を保っているし、その後ろには、鋭い眼光を飛ばしてその様子を眺めている者がひとり。

 自然にこの位置関係を取っている点から見れば、軍人……しかもかなり練度の高い軍人だったのだろう。


 惜しむらくは、誰も彼もが身体のどこかを欠損しているというところ。

 想像するに、戦で大ケガをした軍人たちが食いっぱぐれてスラムに集まったという感じか。


「よくこんなとこ知ってたね」


 ブランもここにいる連中が、悪人ではないことを理解したのだろう。

 彼女はため息をつきながらそうこぼすのだった。


 ブランにはもちろん僕がこれから何をするかは話してある。

 だからこそ、アタリを引き当てた僕の強運に呆れているのだろう。


「まぁ、教会でいろいろと教えてもらったからね」

「教会……?」

「ああ、老神父さんに、このスラムの人々が信用に値するかそうでないかを聞いていたんだよ。だから事前にある程度はこうなると分かってた」


 僕がそう答えると、狐につままれたような顔をするブラン。

 まあ、彼女はロビーに着いてすぐに外に出てしまったから何があったかは分かっていないだろうけど、教会のエトガー老にはこの町のことやスラムのことなどを色々と教わったんで、こういった巡り合わせになることはある程度の自信はあったんだけどね。


「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと出ていけや!」


 ガンつけをしていた熊の獣人が、しびれを切らして僕の襟首を掴もうと手を伸ばす。

 それを軽やかに躱した僕は、すれ違いざまに相手のもう一方の腕に手を触れる。


 それは肘から先が失くなっている部位。


 無詠唱で治癒魔術を展開した僕の目の前で、熊の獣人の欠損した左腕が光を放つ。


「テッ、テメエ!何が………………ああ?」


 獣人には魔術が使えないとの誤った考えが浸透しているこの世界で、獣人ばかりのこの領地には治癒魔術を使える者がいなかったか、あるいはとても少なかったのだろう。

 ある程度の実力を持つ治癒魔術師でもいれば、彼らもまた戦場に復帰出来たのではないか。


「………………ある」


 鬱々としたフラストレーションを溜めていたであろう熊の獣人が今、再生された左腕を眺めて呆然としている。

 そして、それは僕らを取り囲んでいる連中も同じこと。


 そんな彼らに向かって、僕はニッコリと笑ってこう告げる。


「貴方たちのボスに案内して下さい。決して悪いようにはしませんから」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ようやく話が動き出しました。

アルたちは何をするのかご期待下さい。



モチベーションにつながりますので、★あるいはレビューでの評価していただけると幸いです。

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