第17話 肝胆相照(かんたんそうしょう)

 父が王都での打ち合わせを終えて戻ってきたと聞いた僕は執務室に向かう。


 自ら実験台となった父へお礼をするために。

 手土産としてマヨネーズを使った料理を数品。

 それが今の僕に出来る精一杯のことだから。


 執務室の大きなドアを軽くノックすると、室内から返事がある。


「入れ」

「失礼します」


 僕が執務室に入ると父は思惑が外れたのか、やや驚いて目を見開くが、すぐに表情をもとに戻す。

 おそらくは、実験の結果を母が伝えに来たのだと思っていたのだろう。


 母がいたずらっ子のような笑みで、僕が実験の結果を伝えに行ったほうが面白いと言った意味が分かったよ。


「アルフレッドか、どうした」


 父が軽く息を吐いて気持ちを落ち着かせると、何事もなかったかのように尋ねる。


 そう言えば、八熱地獄を見て倒れてからは、どこかよそよそしい態度だったかも知れないなと思い至る。

 ―――僕も父も。


「最初に僕の実験に先立って、自らを実験台にしていただいたことに御礼を」

 

 そう切出すと、父は苦虫を噛み潰したような顔になり、何事かつぶやく。


「……口止めしたのに、あやつめ」


 そんな父の様子を見た僕は、手土産として持参した料理を机に並べる。


「これは?」

「生卵から作った【マヨネーズ】という調味料を使った料理です。ぜひお試し下さい」


 僕が作ったのは『ハムサンド』と『ポテトサラダ』だった。

 手早く作れて、マヨネーズをよく味わえる料理だ。


 父は僕の並べた料理を躊躇することなく口にする。

 


「美味いな。これをお前が作ったのか?」

「はい、書庫で見つけた本の記述から再現してみました」 

「うん。これはとても良い。この酸味の効いた味わいがマヨネーズと言うものなのだな」

「そうです。全て父様のおかげです」

「いや、これはお前の功績だ」


 そう言い切る父。

 そこからは互いに会話もなく、静かな沈黙が流れる。


 何か話さないとと考えていると、父がポツリと漏らす。


「アルフレッド……すまなかった」

「は?」


 思いもよらずに謝罪されたことで、一瞬頭の中が白くなる。


「な、何のことでしょうか?」

 

 ようやく言葉を絞り出し、父の謝罪の真意を尋ねる。


「お前にほ炎への恐怖を植え付けてしまったのは私だ……」


 己を責め立てるような思い詰めた声で、父が言葉を紡ぐ。


「炎を避けていたのは以前から知っていた。だが、爵位を継ぐには火炎魔術への適性が無ければならないと考えた私は、ショック療法だと後先も考えずに八熱地獄を放ってしまった……」

「…………」

「これ以上は言い訳をするつもりはない。全て私の責任だ」


 どうやら父は僕にトラウマを植え付けてしまったと勘違いしているようだ。

 炎を見て倒れたのは確かだが、そもそも前世での死因が焼死だから炎にトラウマがあるだけだ。


 前世について話しても信じてもらえないだろう、それどころかアタマがおかしくなったのかと思われるに違いない。


 理由を話したくても話せないといったもどかしさにヤキモキする。

 

「父上、それは違います。私の炎への恐怖は原因が分からないものです。それこそ父上の魔術を見る以前からです。だから謝る必要もありません」


 そう答える僕。

 父に謝罪されるのは筋が違う。


「私を恨んでいるから独立すると言ってるのではないのか」

「違います。冷静に考えて、炎に耐性がない僕が跡を取ったら家内が混乱すると思ったからです」

「お前は賢いな。だが、私はお前を放り出すつもりなど無い。今はまだ落ち着かないが、ゆくゆくは誰にも口を出させないようにする」

「ご配慮、恐れ入ります。ですが……」 

「『ですが』では無い!お前は私の息子だ。たとえ炎に耐性が無くても」


 そう声を荒げた父は、我に返ると今にも泣き出しそうな顔になり、言葉を絞り出す。


「それなのに、それなのに……」 


 僕は何も言えずに次の言葉を待つ。


「だから頼む、そんな目で私を見ないでくれ。まるで他人を見るような、そんな目で……」


 その言葉に僕はハッとする。


 細菌という概念のないこの世界において、卵を生食すると原因不明の腹痛となり、場合によっては生命を落とすことは周知の事実だ。

  

 それなのに子供の言葉を信じて卵を生食した父の愛情に疑う余地は一切ない。

 なのに父から指摘されるまで、僕自身がどこかで壁を作っていたことに気づかなかった。


 下手に前世の記憶を思い出してしまったばかりに、無意識のうちに両親と距離を置き『他人を見るような目』になってしまったのだろう。


 それは、前世での年齢を思い出した気恥ずかしさからか、記憶にすらない前世の両親と現世の両親を比べてしまっていたからなのか。


 いずれにしろ、僕は転生をこじらせていたようだ。


 こんなに愛情を注いでくれる両親にそれはとても失礼なことだと気づく。


 そもそも、この転生は人生のロスタイムをもらったようなものだ。

 ならばもっと自分らしく、素直に生きていこうと思い至る。

 両親に遠慮するなどもっての外だ。


 僕は精一杯の笑顔を浮かべてこう答える。


「そこまで思ってくれてありがとう、

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