第18話 回心転意(かいしんてんい)
それから僕は父……いや、父さんといろいろなことを話しした。
他愛もない話から、魔術の話やこれからの商売についての話。
それは僕が記憶を取り戻してから、知らず識らずのうちに距離を取っていた日々を埋め合わせるかのように。
「すると、問題は【浄化(プルーゴ)】の使い手の確保か……」
「はい、今は母さんにお願いしてますが、広く商売をするとなればそこがネックなんです」
確認したが教会の治癒師に【浄化(プルーゴ)】を依頼すればお布施と称する料金が銀貨5枚。
前世の感覚では卵一個の浄化に五千円ほどかかる見込み。
とてもじゃないが商売にすらならない。
「アンネもお前の手伝いをするのはやぶさかではないと思うが……」
「二人の愛情を疑ってはいません。ですが、仮にこの領地に残るとするなら、僕自身に何らかの功績が必要になると思うんです」
「むう……」
「誰にも文句を言わせないほどの功績があれば、【赤鳥】であっても胸を張っていられるかと」
「誰がお前を【赤鳥】などと」
「しょせんは噂ですから気にしてません。それよりも僕は、冒険者にもなりたいと思ってもいます」
「何だと?危険だぞ」
「それは理解してるつもりです。でも、父さんたちのように広い世界も見てみたいんです」
「【狼の子は狼】とはよく言ったものだ……。だが少なくとも私を納得させるまでは許さんからな」
「はい、ゆくゆくは父さんをも越えたいと考えています」
「フフッ、ハッハッハ!それはいい!だが、私もまだまだ現役、負けはせぬぞ」
「望むところです」
そんな会話をしていると母さんが、ディアナとブランを連れて執務室に入って来る。
「あらあらまあまあ、ようやく仲直りしたのかしら?」
「アンネか……。そもそも、最初から仲違いなどしておらんわ。なあ?」
「そうですね。少し早い反抗期だったかと」
僕たちの答えに満足した母さんは、大きくうなずくとディアナたちに指示を出す。
「そう、なら間違ってしまったお詫びにこれを差し上げないとね」
そう言って僕たちの前に並べられたのは、粗熱を取っていたはずの『プリン』だった。
「待ち遠しかったので、プレセアちゃんにお願いして冷やしてもらったの」
「何と」
僕が驚くと、ブランが僕に親指を立てた拳を向けてくる。
以前に遊びで教えたハンドサインだな。
「美味しかった。でももうない……」
「ハハハハ……また作るからね」
そう言って僕は机に置かれたプリンに手を伸ばす。
「おおっ、これは美味い!なめらかな口当たりと、上品な甘さ。この底のソースはほろ苦く香ばしくてさらに食欲を刺激する。こんな甘露、初めて食べたぞ」
すると先に食べ始めていた父さんが、どこぞのグルメマンガのような感想を述べる。
何だかサンドイッチやポテトサラダのときよりも反応がいいぞ。
「あらあらまあまあ、あなたは甘いのが好きですものねえ」
そんな父さんを母さんが優しく見つめるが、無視できない発言があった。
父さんがまさかのスイーツ男子だったとは……。
僕も父さんに遅れてプリンを一口。
うん、久しぶりに作ったけどよく出来てる。
前世以来のプリンに満足していると、やたらと視線を感じる。
ん?
視線を上げると、そこには僕の手元をじっと見つめるブランの姿が。
何気にプリンを持つ手を動かすと、それに合わせてブランの視線も動く。
「もうない……」
そんな悲しい顔をされると、良心が痛む。
僕は食べかけだけど、残ったプリンをブランに差し出す。
「食べる?」
その言葉に一瞬喜んだブランだったが、すぐに思い直して首を振る。
「ダメ、ブランはメイドさん。メイドさんはそんなことしない」
そう自分に言い聞かせているブランが微笑ましくて、僕は更に言葉を続ける。
「僕はまた作れるから大丈夫。味の確認ができたら十分なんだ。食べかけだけどどう?」
するとブランは、嬉しそうに顔を輝かせると、僕からプリンを受け取ると脇目もふらずに食べはじめる。
あっ、僕のスプーンで食べてるとも思うが、意識し過ぎだと思い直す。
「アルがそこまで言うなら仕方ない。仕方ない」
そう言いながらも食べる手を止めないブランの尻尾はバッサバッサと大きく振れている。
「ん?」
その様子を見て、執務室の面々から優しい笑いがこぼれる。
僕は今、この世界に転生して、こんな優しい人たちに囲まれて幸せだと感じたのであった。
ここまでみんなに好評だったプリンではあるが、父さんと一緒にジョッキ生卵をしてくれたブランの父親のゲオルクの口には入らなかったことを誰も気づいていなかった。
後日、すねていじけるゲオルクのために小鍋いっぱいのプリンを作らされるハメになるのだが、それはまた別の話だ。
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