第19話 平穏無事(へいおんぶじ)
父さんと和解してから早半年が過ぎた。
今日も今日とて訓練の日々だ。
打倒、父さん!
頑張るぞ!
「そう、なかなかいい感じね」
「ありがとうございます」
僕は呪文を詠唱して、水の膜を身体に纏う。
【水壁(アクアパリエース)】の魔術だ。
これは、魔力で作った水の膜によって物理攻撃や魔術攻撃を防ぐものだ。
「あなたは魔術の精度が優れてるわね。イメージ力が強いのかしら?」
「夢見がちな少年ですからね」
「何を言ってるのよ」
プレセア先生がそう褒めてくれる。
どうやら、魔術の制御=イメージ力らしく、前世の知識を持つ僕は、それらのイメージが豊富なようだ。
何しろ今の魔術だって『流れる水をもって剣魔を防ぐ盾』の一文だけ。
高名な魔導書と言ってもこんなのばかりだ。
呪文とどんな魔術かが短く書かれているだけ。
どこが『
人によって効果が変わることもザラにあるらしく、それは個々人のイメージの違いではないかと言われているらしい。
まあ、前世の知識がこんなところで役立つとは思っても見なかったけどね。
そんなこんなで、僕は着実に魔術の腕を上げてきた。
まだまだ父さんの足元にも及ばないが、冒険者になるためにも努力あるのみだ。
そうしてプレセア先生と時間が経つのも忘れて魔術について話し合っていると、執事長の【トーマス】が迎えにやってくる。
総白髪の老人だが背筋は棒でも仕込んでいるかのように真っ直ぐに伸びている。
曾祖父から父さんまで三代の辺境伯に使えている、文字通り辺境伯家の生き字引き。
「坊ちゃん、剣術の修行の時間です」
「もうちょっと待っててもらえないかな?もう少しで掴めそうなんだよ」
「時間です」
「ダメ?」
「ダメです」
その有無を言わせぬ態度に、僕はそれ以上食い下がるのを諦める。
あの父さんですら『堅物』と呼ぶほどの性格。
緻密な計画を立てて、何があってもそれを達成させるだけのマネジメント能力。
まさに一流の執事だ。
プレセア先生も名残惜しそうな顔をしてるが、トーマスに言われれば仕方ない。
僕は大人しくエドガー先生のもとに向かうことにする。
「それで、ブラン。あなたに仕事を与えます」
「ん」
するとブランが、お使いを命ぜられる。
執事長から下命されればメイド見習いとしては引き受けるしかない。
少し不満げな顔のブランに、僕は何もできないことを心の中で詫びる。
だってトーマスって怒ると怖いんだもん。
「少し遠い場所なので、プレセア女史、ブランと一緒に行ってもらえますかな?」
「あっ、はい。大丈夫ですよ。ブランちゃん、一緒に行こうね」
「ん」
毎日のように顔を合わせているので、今やブランもプレセア先生には気を許している。
ふたりでお出かけもまんざらではないようだ。
先程まで不満げに揺れていたシッポが落ち着きを取り戻したことからも良く分かる。
「坊ちゃん、早くいきますよ」
「う、うん。じゃあブラン、また後で」
「ん」
執事長に促されて僕はエドガー先生のもとに向かう。
こうして僕の平穏な一日が過ぎていくのであった。
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