第20話 燃眉之急(ねんびのきゅう)

 城の中庭に木剣どうしがぶつかる鈍い音が響く。

 やがて乾いた音とともに一本の木剣が宙に舞う。


「だっああああめかあああああ!」


 汗まみれになった僕は、地面に大の字になって横たわる。

 また、木剣を弾かれてしまった。


「まあ、身体も出来てないから仕方ないけど、疲れてくると握力が無くなるね」

「ハァハァハァ……たっ、確かに」

「それでも筋はいい方さ。仮にもこの僕と渡り合えるくらいなんだから」

「そっ……そんなこと言われても、汗ひとつかいてないじゃないですか」 

「ハハハ、仮にも元近衛だからね。そこまでヤワじゃないさ」

「あ〜っ、悔しい」


 僕が自分自身の未熟さを嘆いていると、エドガー先生が慰めてくれる。


「坊ちゃんは、まだ6歳でしよ?まだまだ未来があるから」

「でも、それじゃダメなんですよ。冒険者になるにはもっと鍛えないと」

「ハハハ、目標があるのはいいことだ」

「まだまだ、剣術も魔術頑張らないと」

「いいねえ、いいねえ」

「先生、強くなるには何が必要ですか?」

「まずは体力だね。それから基礎。そしてやっと技術だ」

「先は長いですね……」 

「ハハハ、でも坊ちゃんならあと十年も努力すれば、僕なんか軽く越えられるよ」 

「本当に?」

「ホント、ホント。まぁ、努力できればだけどね」

「努力しますよ」

「ヘッ、出来るといいね」


 僕が断言すると、どこか鼻につく笑いを浮かべてエドガー先生はさっさと帰り支度をする。

 腕は確かなんだけど、どこか偽悪的なところがあるんだよね、この先生。


「終わりですか?」 

「ああ、麗しの彼女たちが僕を待ってるんだよ」

「お酒はほどほどに」

「美味い酒が飲めそうだよ」


 そういって、手をヒラヒラさせて中庭を出て行く。

 その背中を見送った僕は、ため息をついてのそのそと立ち上がる。


(あ〜、あちこちが痛いや。筋肉痛で身体が重いよ)


 すぐに筋肉痛が出るのは若い証拠だと前世の上司が言っていたが、まさにそのとおりだなと思う。

 こんなに早く筋肉痛が出て来てくれると確実に自分が強くなっていると実感できて嬉しくなる。


 今日も充実した一日が過ごせたと、快い疲れにとらわれながらも、汗を流すために浴室に向かう。


 こういい汗をかくと、風呂上がりの一杯が恋しくなるよな。

 前世で激しい訓練や限界までの筋トレをした後に飲むビールは美味かったなあと思い出す。



 優しい両親や、可愛らしい幼馴染み。

 頼れる仲間に囲まれた僕は、幸せな世界に転生したなとしみじみと思う。


 僕は、こんな穏やかな日がいつまでも続くと思っていた。


 この時までは……。





 夜になり、ひとつの報告が辺境伯である父さんのもとにもたらされる。





 ―――ブランとプレセア先生が行方不明。

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