第16話 優良物件(ゆうりょうぶっけん)

 僕の父【アーサー・フォン・ヴルカーン=シュレーダー】は、南部辺境伯という爵位の他に【王国魔法師団】団長という肩書きも持つ。


 普段は領地にあって、有事の際には魔法師団を率いて敵を討つことを責務としているのだ。


 そしてその一見無茶とも思えるような立場を可能にしているのが、父の書斎の隣に設けられた【転移珠】であった。

 

 これは、いわゆる古代文明時代の【遺産】であり、各地に点在する【迷宮ラビリンス】から稀に見つかる魔道具だ。

 王國広しと言えども、所持しているのは辺境伯家を含めても、両手の指に満たないほどの貴重な品であった。


 その原理は一切不明。


 そのバレーボールほどの大きさの宝珠に魔力を通せば、あらかじめ設定しておいた場所に瞬間移動できるといる超技術だ。


 魔術が発展したこの世界にあっても、転移や収納といった、前世のゲームで当然のようにつかわれていた便利なものは存在しない。


 ゆえに、この【古代遺産ロストアイテム】がいかに貴重なものかうかがい知れるだろう。


 父が辺境伯を継ぐことになって最も喜んだのが、王立学院での同級生であった現国王【エックハルト・フォン・レクス=レーヴェ】だと言う。


 爵位を認めたその場で、転移珠を下賜し王国魔法師団団長まで任命したことからも、その襲爵を待ち望んでいたことが良く分かる。


 まあ、為政者側から考えれば、圧倒的な威力を誇る秘奥魔術の使い手、しかも八熱地獄の第八獄まで制御できるほどの天賦の才能を持つ人材を、いつまでも冒険者にしておいては損失だと思うのは当然だろう。


 ちなみに、悪名高い前辺境伯は第一獄を制御するのがやっとだったとか。

 息子の才能に嫉妬して、冒険者として放逐したものの、なんやかんやあって、最終的にはその息子に爵位を奪われたらしい。


 その詳しい経緯は教えてもらってはいないが、現在も家臣の間ではその件でドロドロしてるとか。


 ……関わらない方が良さそうである。


 とにかく、そんな内輪もめがあったとしても重用する価値があるほど、父は優良物件だったようだ。

 まぁ父は、現国王と同じ釜の飯を食った仲であり、王家に対する忠義には疑う余地すらない訳だから、強力な味方が出来たと思うのも無理は無いな。


 そりゃあ、プレセア先生やエドガー先生を招聘できるはずだ。

 王家とのコネがハンパないもんな。


 僕にしてみれば、炎にトラウマがある息子に秘奥魔術をぶつける脳筋オヤジなのは間違いないが、王国内では王を補佐する重要な人物らしい。


 なかなか人は分からないものだ。


 そして今回、僕の卵に関する実験に先駆けて、父はその大切な身でありながら、進んで自らを実験台にしたと聞いた。


 息子を危険な目に遭わせたくない、ただそれだけのために。


 チクショウ、カッコ良すぎるじゃねえか。


 僕はどういったことか、前世の両親について思い出すことが出来ない。

 おそらくは両親がいたのだろうとは思うのだが、霞がかかったようにその記憶だけが抜け落ちている。


 少し寂しいとも思うが、今の両親を前世の両親と比べることにならなくてホッとしている自分もいる。


 それで良いのだと思う。


 胸を張ってこの素晴らしい両親の息子だと言い張れるのだから。


 今更ながらだが、神様にこの両親のもとに転生させてくれたことを感謝したいと思うのであった。



 

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