第15話 歓喜雀躍(かんきじゃくやく)
結局、押し切られた形で僕とブランは、マヨネーズの試食を行うことにする。
プリンは粗熱が取れていないので、もうしばし待つことになっている。
ブランの物欲しそうな目が痛いが、心を鬼にして制止する。
まだだめです。
色とりどりの野菜スティックに、マヨネーズをつけて食べる。
至高だね。
「うん。この味だ」
「美味しい」
僕が前世以来のマヨネーズに舌鼓を打っていると、隣のブランが尻尾をフリフリ。
お気に召していただいたようで何よりです。
「何だ嬢ちゃん、美味そうじゃねえか」
するとその様子を見たテッド料理長が自分もと、野菜スティックに手を伸ばす。
「待つ。これを食べるのは覚悟が必要」
「何だそりゃ」
「生の卵を使っているから、お腹を下すかも知れないってこと」
ブランが覚悟を決めた武士のような物言いをするので、僕が慌ててフォローする。
何だよ覚悟って……。
「そんなんで構わねえなら、いくらでもしてやるさ。こちとら、美味いものを食いたくて冒険者になったんだからな」
そんな男気溢れた物言いをする熊獣人。
ここにも、食いしん坊がいたよ……。
「うめえ、何だこりゃ!」
テッド料理長が、コップに入った野菜スティックをマヨネーズにつけて食べると、目を見開いて驚く。
その声に、厨房にいた他の料理師たちも色めき立つ。
たちまち砂糖に群がる蟻のように、野菜スティックとマヨネーズに人が集まる。
「ダメ、それは私の。待て」
ブランが野菜スティックを必死で確保しようとするが、料理師たちの数には勝てなかったようだ。
山のように準備した野菜スティックが、みるみるうちに減って行く。
「うめええええ!」
「何だこりゃ?」
「酸味がちょうどいいわね」
「他の料理にも転用できるか?」
料理師たちが、口々にマヨネーズの感想を述べていく。
「アルフレッド様、こりゃあスゴいもの作りましたな!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。肉料理なんかにも相性は良いはずだよ」
「「「「肉料理!」」」」
僕とテッド料理長の話しを盗み聞きしていた料理師たちがその言葉に反応する。
「早く肉を焼け!」
「何の肉がいいの?」
「とりあえず、いろんな肉に合わせるぞ」
「うおおおっ、盛り上がってきたああ!」
新たな料理の扉に歓喜する料理師の面々。
厨房はお祭り騒ぎとなった。
「あらあら、これは何の騒ぎ?」
その喧騒の中にディアナを引き連れて現れたのは、辺境伯婦人アンネマリーだ。
人を虜にする微笑みを浮かべてそう尋ねる。
そこで僕がこの状況を説明すると、母は何の躊躇いもなくブランが持つ野菜スティックに手を伸ばしマヨネーズにつけて食べる。
「母上!」
僕が慌てて声をかけるが、時すでに遅し。
「ん〜、美味しい。ディアナも食べてみたら?」
「私は野菜はいらん」
「野菜嫌いが出ましたね。でも、騙されたと思って食べてみなさいよ。野菜が美味しく食べられるわよ」
「ふん、そんなの知るか」
「母様、ホント。いくらでも食べられる」
「ホントかぁ?」
「ホント。嘘じゃない」
「う〜ん……」
「娘にそこまで言われたら、試してみるしかないんじゃないかしら」
「チッ、試してみるだけだぞ」
娘の言葉につられて、半信半疑ながら手を伸ばすディアナ。
野菜スティックでマヨネーズすくい取り、口にするとたちまち驚きの表情に変わる。
「スゴい……こんなに野菜が美味いとは」
「でしょ」
何故か自慢げに胸を張るブラン。
「おい、早く次の野菜を」
慌ただしく料理師たちに命じるディアナ。
「肉料理にも合うみたいですぜ」
そこに余計な口出しをするテッド料理長。
「テッド、何をしてる。早く焼きなさい」
「へい!」
辺境伯家の影の主の命を受けて、厨房に活気がみなぎってくる。
僕はそんな周囲のこと喧騒を気にもとめずに母に苦言を呈する。
「母上、これはまだ実験の段階だと言っておいたはずです。もしも、菌が残っていたら母上にも危険が及ぶのですよ」
「大丈夫ですよ」
だが、母は笑顔を絶やさずにそう断言する。
危険性を認識していないかのようなその態度に、僕は思わず声を荒げる。
「大丈夫ではありません。確かにある程度の見通しはありましたが……」
「大丈夫ですよ。だって、あの人たちが先に実験してたもの」
「……………………は?」
僕の言葉を遮った母の言葉に思わず思考が停止する。
「あの人たち……?」
「そう、アーサーとゲオルクが先に生食してたのよ」
「生食……卵をですか?」
「ええ」
「あれか?ウチの旦那がジョッキで飲んだって言ってたヤツ」
そこにディアナがとんでもない話をぶっこんでくる。
◯ッキーなのか?
それともボディビルダーなのか?
「ジョッキで卵を飲んだのですか?」
「ええ、たくさんね」
「どうして……」
「少ないと危険かどうか分からないって」
「いや、そういう意味じゃなくて。何で父上がそんなことをしたのですか。おかしいですよ。父上はこの領で一番大事な人じゃないですか。それなのにそんな危険なことをするなんて……」
理解が出来ない僕は、思いついたことを何も考えずに口にする。
すると、母は僕に理解させるように、しっかりと話し出す。
「良いですかアルフレッド。私もあの人も、自分の子が危険な目に遭うかもしれないと分かっていて放置するような人間ではありません」
「ですが……」
「親は子のためならその身を投げ出すのも厭わないものなのですよ」
「だって、僕なんて……」
「その言い方は止めなさい。私もアーサーもあなたの事を見限ったことはありませんよ。なのに何故、自分を卑下するのです。あなたが炎の適性が無くて辺境伯を継げないと言うならそれでも結構。私もアーサーも元冒険者です。また旅から旅の生活も悪くありません」
「母上……」
「だからあなたは変に大人ぶることなく、甘えて良いのですよ。先のことはアーサーが考えてます。ひとりで思い悩むのは止めなさい」
「………………」
母の言葉に胸を打たれた僕は、知らず識らずのうちに涙が溢れてきた。
僕は炎に適性がない時点で、両親に見放されたと思っていた。
ゆくゆくは家を出るのだから、両親に頼ることは逃げだと思っていた。
思ってもいなかった母の言葉に、どこか安堵した自分がいることに気づく。
同時にそんな両親の愛に気づかぬままで、ひとり立ちすると空回りしていた自分が恥ずかしい。
喜びと悔しさと恥ずかしさがごちゃまぜになった感情のため、涙を流しながら笑うという変なことになった僕を、母上やブランたちが優しく見守ってくれる。
僕は本当に幸せなのだと痛感する。
いつしかしんみりとした雰囲気になってしまったが、そんな空気を母がぶち壊す。
「そう言えば『ぷりん』とか言うのもあるんでしょ?早く出しなさい」
ここにも食いしん坊がいたよ。
母は強しとはよく言ったものだ。
母上には敵わないや。
こうして厨房には優しい笑いが溢れるのであった。
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