第14話 焦心苦慮(しょうしんくりょ)

 卵が余ったのでプリンでも作ろうと思う。


 蒸すからサルモネラ菌については考えなくてもいいかなとは思うが、絶対に大丈夫だとの確信が持てるまでは他人には食べさせない方がいいだろう。


「先生、今度は何を作る?」


 まだ、3分クッキングごっこの余韻が残るブランから、そう問いかけられる。


「プリンでも作ろうかと思ってさ」

「プリン……って何?」 

「卵を使ったデザート」

「デザート!」


 甘いものが大好きなブランは、デザートと聞いて小躍りせんばかりに喜ぶ。

 メイド服から出ている尻尾がブンブンと大きく振れている。


「でも、卵が安全と分かるまではダメです」

「ええっ!」


 そんな肉親が死んだかのような顔をしてもダメです。

 万が一、菌が残っていたとしても苦しむのは言い出しっぺである僕だけでいい。


 そう思って、理由をブランに告げるも、彼女は大きく首を振ってこれを否定する。


「アルだけが苦しむのはダメ」

「いや、これは譲れないよ」

「なら私も……」

「でも、もし菌が残っていて倒れたら、ブランに看病してもらわないと……」

「むっ、それは魅力的……」


 ブランの中で、僕を甲斐甲斐しく看病する自分と、僕と一緒に同じリスクを取る自分が綱引きをしているようだ。


「む〜っ……」


 腕組みをして考え込んでいる姿はカワイイが、いつまでも見惚れているわけにもいかない。

 

 僕もプリン作りに忙しい。


 こうして僕はブランの隣でプリン作りに勤しむのであった。


 卵と牛乳、砂糖をボールに入れてかき混ぜる。

 砂糖を煮詰めてカラメルを作る。


 砂糖を焦がす甘い香りが厨房に満ちる。


「おやっ?アルフレッド様、今度は何を作ってるんで?」


 香りに惹かれて、いち早く興味を持ったテッド料理長がやってくる。


「プリンでも作ろうかと思ってね」

「プリン?聞いたことがない名前ですが、どちらでそんな料理を?」

「本で見かけてさ」


 前世云々の説明は信用されないだろうし、面倒なので本で見たと言い張る。


「へえ〜。博識ですな」


 そんなことを言いながらも、テッド料理長の目は作業する僕の手元から離れない。


「卵が安全だと分かったらレシピを教えるから」

「ホントですかい?じゃあ楽しみにしてますよ」


 そう言って大笑いする料理長。

 他の厨房の面々も、新しい料理に興味津々だ。


「決めた」


 そんなやり取りをしていると、ブランは結論を出したようだ。


「私にもプリンひとつ」

「だから危険なんだって……」

「アルは失敗しない」

「何でそんなことを言うのさ」

「……女の勘?」

「言ったこともないセリフを言うから、自分でもそれが正しいのか疑問形になってるし」

「母様は、女の勘で父様が夜の店に行ったかどうかすぐに分かるって言ってた」

「多分、それはお酒とか香水の匂い関係だと思う」

「私の女の勘も、マヨネーズやプリンは美味しいと言っている!」


 やけに力強く断定するブランに、僕はもう抵抗する気を失くすのであった。

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