第95話 追亡逐北(ついぼうちくほく)
なんやかやいろいろあった翌日、僕とブランが冒険者ギルドを訪ねると、いきなりギルドマスターの執務室に呼ばれた。
そこにいたのは、先日会った街の顔役こと、グスタフ・フォン・アグニス男爵。
アグニスの街の代官と、冒険者ギルドのマスターを兼任する男だ。
「なんじゃ、驚かんな。てっきり『なっ、なんだと……』って絶句する姿を楽しみにしてたんじゃがな」
この親父、温和な顔をしてかなりの曲者だ。
シピさんから昨日、かがり火で話したことを聴いているはずなのに、あえて知らないふりをして僕らを煽ってくる。
事前にブランから聞いていなかったら、驚いていただろうが、僕は平静を装う。
「いえいえ、驚きましたよ。ただ僕には優秀な相棒がいるんですよ」
そう言って不敵に笑いながらブランを見ると目が合う。
ブランと僕は以心伝心なので、僕が何と言いたいのか分かってくれるはず。
「殴る?」
…………アイコンタクトが伝わっていなかったらしい。
物騒なことを言う相棒。
違うからね。
何で分かったかを説明してやってってコトだからね。
そう言えば、僕らって戦闘時以外はアイコンタクトできていなかった……。
衝撃の事実に気づいて落ち込む僕。
その姿を見て、ますます不機嫌になるブラン。
怒りの矛先は目の前のギルドマスター。
きっと、僕が落ち込んだ原因はオマエだとでも思っているんだろうな……。
ギルドマスターじゃなくて、君自身なんだけどね……原因。
「いや、すまんスマン。昨日の今日で、お主たちがどんな態度を取るか興味があってな」
「趣味が悪いですよ、ギルドマスター。いやアグニス男爵閣下」
「ハッハッハ。ワシなんぞ単なる雇われ貴族じゃ。それを言ったら、そちらはシュレーダー辺境伯御令息、コルヌ子爵御息女だろうが」
実はブランも貴族令嬢だったりする。
あの脳筋子煩悩恐妻家のゲオルクが子爵だ。
最初に聞いたときは驚いたが、シュレーダー辺境伯の軍を統括する立場である以上、ある程度の爵位が必要なのは納得した。
だが、その令嬢が僕の専属メイドになるのはいかがなものかと思ったのだが、コルヌ子爵家の真の主ディアナの「本人の好きにさせな」の一言で全ては決着する。
絶対的な強者の言葉には誰も逆らえない。
そんな訳で、僕たちふたりも一応、貴族に片足を突っ込んでる形にはなるのだが、冒険者として活動する上では不必要な肩書だ。
ゆえに――――
「アルフレッドで結構ですよ。こちらはブラン。ふたりとも姓は名乗ってませんので」
「……ん」
僕とブランがそう告げると、アグニス男爵――ギルドマスターは嬉しそうにうなずく。
「そうこなくてはな。お主たちの親も身分を気にせずに、誰とでも分け隔てなく接することができる人物じゃった。それはまさに、冒険者としては得難い資質じゃ」
「面と向かって言われると、照れてしまうので辞めてください。それで、ここに呼ばれた理由は何でしょうか」
「なんじゃ、年寄りの話に付き合ってくれてもええじゃろうが。まあええわい」
ギルドマスターは、ひとつため息をつくと机の中から鉄製のプレートを2枚取り出す。
「まずひとつ目は、お主たちは今日からDランクじゃ」
「えっ?Eランクではなくてですか?」
「左用。通常のランクアップと、冒険者の救助および街の危機を救った件で、更にランクアップじゃ」
「2ランクアップ?」
「ホッホッホ、特別じゃぞ」
「あれ?リリーさんが、特例は無いって言ってましたけど?」
「最初はみんなFランクからとは言ったが、飛び級制度が無いとは言ってないはずじゃぞ」
「いいんですか?貴族の子女だからって忖度しなくても大丈夫ですが……」
そう告げた途端、後ろからゴツゴツした腕を回されて、抱き上げられる。
「大丈夫よお~。だってあんなにスゴイの見せられたら、アタシは身体が火照っちゃう」
やたらと野太い声が、知らない人が聞いたら誤解するような発言をする。
やめてくれ。
それにしても、突然背後に回られて抱き上げられるまで全く気づかなかったことに僕は驚く。
Aランクの
一瞬、驚きの表情を見せる。
それでも、すぐに僕を取り戻すべくブランは、僕の背後の人物に躍りかかる。
だが、背後の人物は僕を抱えたまま、瞬時にその場から離れ、ブランから距離を取る。
さらにブランが接近するが、背後の人物は影すら踏ませない。
しかも、それをギルドマスターの部屋で繰り返しているのだ。
ブランは速度を抑えきれずに、あちこちの家具にぶつかるが、背後の人物は障害物で狭くなった部屋の中を悠々と逃げ続ける。
気がつけば別な場所にいる状況に、僕はだんだんと楽しくなってくる。
だが、ブランの様子を窺うと、そんなのんきなことは言っていられないと知る。
ブランが顔を真っ赤にして、僕らを追いかけ回している。
うわぁ~、あれは絶対に怒ってるよ。
「もう止めんか!」
そんな中、部屋の主の怒声が響き渡る。
「え~、もう?」
背後の人物が足を止めると同時に、ブランが僕に抱きつき、背後の人物から引き離す。
すると今度は、ブランが僕を後ろから抱きしめる形になる。
ブランはフーッフーッと荒い息遣いで、僕の背後にいた人物を威嚇する。
そこには、ショッキングピンクの軽装姿の獣人がいた。
目がチカチカする服装だが、特筆すべきはその鍛え抜かれた身体であり、はち切れんばかりの筋肉がその存在を際立たせていた。
「ウチのシピが不覚を取ったって話だったから、ちょっとしたお・か・え・し♡」
僕は、そんなおネエ言葉の男……否、漢こそがSランクの【深淵】ミネットであろうとあたりをつける。
「あら?お嬢ちゃんは私の姿に驚いてるのに、アナタは驚かないのね」
すると、男……漢が僕に問いかける。
こちとら前世じゃ、夜の街やテレビで嫌っというほど女装家を見てるんだ。
マツ◯なデラックスの人や、ミ◯ツなマングローブの人だのを知ってる以上、大概なことじゃ驚かないわ。
しかも、女装家の人はたいてい美にこだわりを持ってるから、やたらと清潔だしね。
この漢もご多分に漏れず、いい香りがしたし。
不覚にも抱きしめられて、ちょっとときめいてしまったくらいだ。
「ええ、お綺麗だと思いますよ。その服装もよくお似合いで」
僕がそう漢の容姿を褒めると、感極まったのか満面の笑みを浮かべて、僕に抱きついて来ようとする。
それを今度は、ブランが僕を抱きしめたまま逃げ回る。
先程とは真逆になったが、今度は僕も一緒に家具にぶつかりながら逃げることに。
痛い、痛い!
あ~ブラン、そこには高そうな壺がぁ~!
ガラスが割れたぁ~!
この追いかけっこは、グスタフから二度目のお叱りを受けるまで続いたのであった。
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