第94話 会議延長(かいぎえんちょう)



 ミネットの逆鱗に触れたために、一瞬重くなった執務室内の雰囲気を、カレナリエルの言葉が変える。


「それよりもさぁ、リリーちゃんが戻ってきたってことは、調べが終ったんでしょ?闇ギルドの」


 その問いに、受付嬢のリリーはメガネをクイッと上げて答える。


「アルフレッド様の脅しが効いたのか、驚くほど素直に話してくれましたよ」

「闇ギルドの幹部が?」

「そりゃあ、無詠唱で魔術を放つ者とは敵対したくないわよね。しかも、その威力はケタ外れときたら……」

「君でも嫌かい?」

「嫌よ。まだ実戦経験に乏しいから、今なら付け入るスキもあるけど、これから経験を積めばバケモノの誕生よ」

「ハハッ。こりゃあイイや。楽しみが増えたよ」


 カレナリエルは強者の誕生の予感に呵々大笑する。

 一気に場の雰囲気は明るくなる。



 アルフレッドの話題に脱線したため、グスタフが話を戻す。


「それで、やはりカイウス商会の裏にはあやつがおるのか?」

「そうですね。前辺境伯の息がかかっていたようです」

「ニクラスがらみの案件か……」

「ニクラスってアーサー君の父親だろ?何でそんなに仲が悪いのさ」

「ニクラスはまさに暗主じゃったからの。アーサーが継がなければ辺境伯領は壊滅しとったわ。好色で強欲、狭量な男じゃった。ただ一点、八熱地獄を操れるってだけで辺境伯になれただけのクズじゃ」

「へえ~、そんなヤツもいるんだね」

「確か、八熱地獄も二獄くらいしか使えんかったぞ」

「それじゃ、アーサー君も嫉まれるわけだね」

「初代以来の八獄到達者だからのう。だからこそニクラスは、後々も言いなりになるであろうアーサーの兄を後継者にしようと画策しとったのじゃからな」

「それが初陣で戦死するなんてね……」

「ワシは味方に後ろから討たれたんじゃないかと思っとるがな。アーサーの兄も父親に似て狡猾で残忍なヤツじゃったからの」

「もう名前すら覚えられてないくらいだもんね」

「で、アーサー君は半ばクーデターのような形で家督を継いだと。それじゃ、今でも前当主は騒ぐ訳だよね」

「ああ、アーサーばかりでなく、家族もこれまでに幾度も生命を狙われたそうじゃ」

「アーサー君も災難だ」

「だからこそ、アーサーは余計な波風を立てないために、息子の悪評も甘んじて受け入れていたのじゃ」

「余計な手出しをして、家が割れるのを嫌ったんだね」

「うぬ。じゃが、最近では王家も巻き込んで息子の擁立を図っとる。仮に家が割れても、家族のタメに実の親と戦うのかと思っとったが……」 

「息子の実力で押し切れると踏んだんだね」 

「これまでに見た感じじゃと、十分にその可能性は高いの。まさに麒麟児じゃからな」

「これまで【南伯の無能】なんて言ってたヤツらが慌てる様が見てみたいや」

「見る目が無かったのは自分ですと叫んでいたようなもんじゃからな」

「ハハハハッ」 

「ホホホホッ」


 グスタフとカレナリエルの笑い声が室内に響き渡る。


「……アンタたち、すっごく悪い顔してるわよ」

「「心外だな」」


 ふたりが不満を口にするが、ミネットは相手にしない。


「そうすると坊やの目的って何なのかしら。ゆくゆくは家に戻るなら、冒険者としての立身は望んでないんでしょ?」

「ワシは逆だと思っとるよ」 

「逆?」

「うむ。アーサーが息子の有能さを謳う以上、それを目に見える形で表すのが一番じゃと思わぬか?」

「だから、ランクアップを望んでいると?」

「何しろ、登録翌日のランクアップをヤツは本気で望んでおったからな」

「で、ランクアップはできたの?」

「どうじゃったかの、リリー?」  


 グスタフの問いかけにリリーがすかさず答える。


「アルフレッド様とブラン様で同じパーティーですので、二人でこなした依頼の数は十分です。アルフレッド様はランドさんたちと帰ってきましたが、ついでに採取もしてきたようで、受注した分の薬草もきちんと納品されています」

「ほう、それはそれは」 

「それよりも、面接の方は合格でよろしいのですか」 

「もちろん、面接は大合格じゃよ。しかもあのお方は、街の防災対策に不備があると指摘してきおった」 

「何よそれ」

「近年、領都の災害への備えが充実してきたと聞いていたが、そのブレーンが誰かよく分かったわ」

「そんなに違うわけ?」

「ああ、例えば災害が発生した場合の問題点なんぞを理路整然と説いてきおったぞ。早速、明日から対策するつもりじゃ」

「スゴイ才能ね」 

「ね~、マスター。とっとと、彼らをランクアップさせちゃってよ」

「そうね、マスターお願いね。足りないピースが埋まりそうだからね」

「そうじゃな。然るべき功績があれば留めとく必要もないしな」 

「Bランクまでは、どれくらいかかると思う?」 

「どうせ自重はしないだろうからな……。このままだとひと月というところかのう」

「ひと月!これはいい。ミネットそれでいこうか」

「まぁ、仕方ないわね。それまではちょっとした息抜きかしら」

「普段は多忙なボクたちだからね。いい休みが出来たと思ってればいいさ」


 その話を聞いて、シピはおやっと思う。


 彼女の師匠と【神弓】が特殊なクエストに挑んで居たことは聞いていたが、天下のSランクが二人でもままならないことがあったのだろうか?


 興味は惹かれるも、ヘタに聞けば自分も巻き込まれかねないので、あえて聞き流すことにしたシピ。


 ――――だが。


「そう言えば、シピ。アンタにも今度のヤマを手伝ってもらうからそのつもりで」 

「えっ?」

「かなりヒリつくから心しときなさい」

「マジッスか……」


 彼女の師匠から、有無を言わさずに告げられた一言に当然拒否権などはなく、シピは項垂れるのであった。



「しかし、あの方は、ランドたちを助けた後に薬草採取もしとったのか」

「そう言えば、楽しそうにランドたちから薬草採取の方法を習ってたわね。最後まで姿を見せなかった私のことを警戒しながらだけど……」 

「そりゃあ優秀じゃな。まさに麒麟児」 

「麒麟……どちらかって言えば、彼は龍ってタイプじゃないかしら。ふらっと現れて幸運を招くってよりも、周りも巻き込んで大嵐を呼ぶって感じ。麒麟よりももっと力強い感じがするわ」 

「ようやく力を発揮できるようになって、これから嵐を呼ぶわけだ」

「これまでは、じっと雌伏しとったのじゃろうな。自分で身を守れるようになって、辺境伯の嫡男として後ろ指をさされないほどの実力を身につけるまでな」

「まさに【昇龍】だね」

「そうね、いっそのことそれで二つ名を認定しちゃえば?」


 冒険者の二つ名は、勝手に付けられた渾名のようなものと、ギルドが認定したものに分けられる。

 カレナリエルであれば【神弓】がギルドが認めたもので、渾名としては【皆中】【千当】ひどいものだと【永遠のロリ】などがある。

 天下のSランクの冒険者が【永遠のロリ】などと言われては冒険者ギルドとしても格好がつかないので、わざわざ威厳のある二つ名を贈るわけだ。

 つまり、まだランクが低いうちに二つ名を贈るということは、将来は高ランク冒険者になるぞと、ギルドが保証していることにも繋がる。


「いいんじゃない?さっさと唾を付けた方がいいわよ」


 カレナリエルの提案にミネットが賛成する。

 二つ名を贈った冒険者が活躍したとなれば、当然ギルドの株も上がる。

 先見の明があるというわけだ。


「そうじゃな。表には出せんが、この街の危機を救ったわけだしな」

「それじゃ、アルフレッド君の二つ名は決まりかな?ブランちゃんはどうだろう」 

「そのまんま【白狼】か【魔狼】で落ち着きそうよね。つまんない」

「せっかくの獣人の魔術師なのにね。何かないのかなぁ」

「マスター、いいアイデアはないわけ?無駄に長生きしてるんだし……」

「長生きならそこのカレ……」

「んあぁぁぁぁ!?」

「……いや、何でもないわい。そういえば、龍にまつわる言葉で【龍の雲を得る如し】ってのもあったかのう……」 

「何だいそれ?」

「古来より龍が天に昇るには雲が必要と言われとってな」

「龍は雲がないとダメなのかい?」

「あら?なかなか面白そうな話じゃない」

「まさにあのふたりのようじゃとは思わんか?ともすれば暴走しがちなあのお方を、嬢ちゃんがうまくコントロールしとったわ。まさに、ふたりで天に昇るといったところかのう」

「ふ〜ん、いい話ね」

「そっかあ、ならブランちゃんの二つ名も決まったようなものだね」


 こうして、アルフレッドたちの知らないところで様々なことが決まっていくのであった。

 

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