第11話 情報収集(じょうほうしゅうしゅう)

 ゆくゆくはひとり立ちするときのため、先立つものは必要だと感じた。

 何しろ、僕だけじゃなくブランの人生も左右するのだから。


 先日、ディアナと話して、漠然と考えていた未来が現実的なものになって来たのだ。


 要は、金が無いとブランと路頭に迷うはめになってしまうとの危機感を抱いたのだ。

 



 両親からの援助は期待せずに、大金を得るとなれば、ここはやはり異世界転生の定番【現代知識チート】をするしかない。


 まずは聞き込み調査だな。


「『まよねーず』『けちゃっぷ』ですか?聞いたこともないですねぇ」

「白くてドロッとした酸味のあるソースや、赤くて甘酸っぱいソースなんだけど」 

「う〜ん、やっぱり聞いたことないですね。アルフレッド様はどうしてそんなことを?」

「うん、本を読んでたらそんな記述があったから、聞いてみただけ」

「へえ〜、興味深いですね。詳しいことが分かったら教えて下さいよ」


 そう言ったのは、辺境伯家の【テッド】料理長。

 中年の熊獣人だ。


 その大きな身体からは想像もできないほどの繊細な料理に定評がある。

 元は食材を自分で採取するグルメ冒険者だったのだが、ウチの両親たちが辺境伯家を継いだ際に三顧の礼で迎え入れた人物だ。


 冒険者としてあちこちを転々してきた両親は、歴史ある料理がどうたらで味も素っ気もない料理には耐えられなかったようだ。


 ……まあ、継いですぐに毒殺されかけたってのもあるだろうけど。


 

 父が辺境伯家当主に至った経緯はちょっと特殊なので、現在も潜在的な敵が使用人にもいると思われる。

 だからこそ、食や生活に直結するところには信頼できる者を配したというのが正直なところらしい。


「ところで、鶏の卵って生食は出来るの?」

「卵?とんでもない、火を通さなければ腹を下しますよ。卵には呪いがかかっていて、生で食べれば死ぬこともあるんですから」

「どんな風に死んじゃうの?」

「何を聞いているんですか……」


 辟易とした顔をしながらも、テッド料理長はその症状も教えてくれた。



 予想どおり【サルモネラ菌】による食中毒だった。


 鶏の卵は総排泄腔そうはいせつこうと呼ばれる肛門から排出されるため、どうしても卵の殻に糞や菌が付着してしまうのだ。


 前世の日本では、清潔な生育環境と徹底した洗浄、厳格な品質管理が行われているため、サルモネラ菌による食中毒は数万個に一個あるかないかだとか。


 まさに、生産者の努力には頭が下がる思いだ。


 要は卵の殻をいかに消毒するかによって、生食も可能になるんじゃないかと思うのだ。


 この世界は魔術で大抵のことが出来るから、科学が発展していないと以前にも話したが、その弊害がこれだ。


 ダメなものはダメってだけで、どうしてダメなのかの検証がされないままになってしまっているのだ。


 もっとも、細菌なんて言われても、最初からその概念がないのだから理解するのも難しいだろうが。


「ありがとう。また来るね」

「アルフレッド様、卵の生食はダメですよ。下手したら死んじゃいますからね」

「大丈夫、大丈夫」


 僕はそうお礼を言って厨房を後にする。

 本気で心配しているテッド料理長には申し訳ないが、僕は止まるつもりはない。


 菌の対策については目処が立っている。


 ならばあとはやるだけだ。


 


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