第10話 属毛離裏(ぞくもうりり)

 僕が生まれてからずっと一緒にいる存在。


 それがブランだ。


 クリっとした瞳は青紫色バイオレットの光彩を放ち。

 整った顔は人形と見まごうばかりのかわいらしさだ。

 白銀色で肩まで伸びた髪はサラサラで、風になびくと光を反射して光り輝く。

 頭の上にちょこんと乗った三角形のイヌ耳は、そんな芸術品のような姿に愛嬌を加える。


 前世では、ケモナー属性は無かったが、この世界に転生して新たな趣向に目覚めてしまいそうだ。


 まぁ、長々と何が言いたいかといえば、ウチの幼馴染みはカワイイということに尽きる。




 今日は何やら会議があると言って、プレセア先生もエドガー先生も不在なので、時間を持て余した僕はブランのメイド修行の様子を見に来てみたのだ。


 ブランは四六時中僕と一緒にいると思われがちだが、メイド修行がある時には別々になる。

 この時ばかりは、ブランが悲しそうな顔をするのだが、涙を呑んで見送ることにしている。


 メイドさんになることがブランの夢のひとつだと知っているから。


 そんなブランは、ベッドメイキングの真っ最中のようだ。

 副メイド長の【ヘルダ】から厳しい教えを受けている。


 あっ、コケた。


 普段のクールな姿と違って、ドジなところもあるんだなと微笑ましく見ていると、急にアタマを誰かにわしづかみにされる。


「ウチの娘の邪魔しないでもらえるか?」

「遠くから見てるだけなんだけど……」

「ウチらの鼻を舐めんな。100m先からでも分かるわ。見ろ、あの尻尾を」


 そう言い放ったのは、ブランの母親での【ディアナ】であった。

 ブランと同じくプラチナブロンドの長髪で、前世のファッションモデル並のスラッとした身長と抜群のスタイルを誇る。

 普段は一応敬語を使ったりもするが、こうして私的な場面だと砕けた話し方だったりする。

 僕的には、もうひとりの母親とも呼べる存在なので、こうしてアタマを握りつぶされそうになっても我慢するしかない。


 そろそろ、トマトのように潰れちゃうよ?


 アタマの痛みに耐えながら、ディアナの指摘に従ってブランの様子を見ると、確かに真っ白でモフモフな尻尾が左右に大きくふれている。


「確かに喜んでるね」

「だろ?お前がいるのが分かってるから、良いところを見せようとして、集中出来てねえんだよ」

「それは失礼。でも、ディアナは仕事をしなくてもいいの?」

「アタシはメイド長だから良いんだよ。偉いんだから」

「そう言う問題かなあ……」


 確かにディアナの場合は、メイドと言うよりは母の相談相手や護衛といった感が強い。

 もともと同じパーティーだった訳だし、信頼できる存在という意味で他のメイドとは一線を画しているのは仕方ないことだろう。

 まぁ、狼の獣人のくせに猫のように自由奔放な彼女なので、誰もものを申せないところもあるのだが。

  

 そのため、我が家のメイドは副メイド長のヘルダが全てを取り仕切っているのは公然の事実だったりする。


「ブランはお母さんの姿に憧れてメイドさんになりたがってるのに……」

「何だよ、アタシだってたまにはメイドらしいこともするだろうが」

「たまにはね……」


 自分でも言っているように、かつては貴族の娘だったディアナは、基礎教育は完璧でメイドとしての仕事もそつなくこなすことが


「まあ、親としては子供に幸せになってもらえればそれでいいさね」

「ねぇ、ブランなんだけど、本当に僕の専属でいいのかな?」

「あん?」

「だって、ゆくゆくはこの家を出て行く身だよ」

「だったら連れて行きゃいいだろ」

「ディアナはそれでいいの?」

「あの子次第だな。望むなら許す。まあ、娘を不幸にしない程度の甲斐性は欲しいがな」

「分かった……」

「ブランはお前のことを心配してんだよ」

「心配?」

「ああ、覚えてないだろうが、お前が生まれたときは身体が弱くてな。すぐに体調を崩してたんだ。何かありゃ、すぐに寝込んじまってな」

「うん」

「それを見てたブランは心配だったんだよ」

「前はお姉ちゃんだって言ってたからね」

「そうだな。だがその考えが変わったのが、お前があのバカに秘奥魔術をぶつけられそうになったときだな」

「あのバカって……」

「仕方ねえだろ。それしか言いようがないんだから。で、ブランはその様子を見て、自分が守ってやらないとって思ったんだろうよ」

「そんな……」

「本人が言った話じゃないからホントのことは分からんがな」

「僕……強くなる。そして、ブランが同情心で着いてくると言うことがないようにするよ」 

「ハハッ、それでいい。まあ、もしもそれでも着いて行くって時は、苦労させない甲斐性も欲しいがな」


 そう言ってディアナは、僕の真っ赤な髪をぐしゃぐしゃにかき回した。


「もっとも、その前にあの子の厳しい追及をどう免れるかの方が喫緊の問題か?」


 そんなディアナの声に従って、ブランの様子を見ると、頬を膨らませてこちらを睨んでいる。


「どうやらアタシと話してたのが面白くないようだ。頑張れよ色男」

「いてっ」


 そう言ってディアナは、僕の後頭部をパシンと叩いて場を離れる。


 ちょっと待ってよ。

 放置して行かないで欲しい。


 このままだと、僕がブランの怒りはどうなるの?


 僕が引きつった笑みでブランに手を振るが、彼女は頬を膨らませたままそっぽを向く。


  


 僕はこれからの暗鬱たる未来に、ため息をつくのであった。

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