第9話 流汗悟道(りゅうかんごどう)

 剣術の先生は、【エドガー・クライゼル】と言う名のチャラ男だ。


 王国東部の武家【クライゼル子爵】の三男だ。


 栗毛の長髪で、ややタレ目がちで優しそうな雰囲気を持つ彼は、最近まで王国の最精鋭近衛騎士団に所属していたものの女性問題でクビになったところを、父が剣の先生として拾ってきたようだ。


 素行に問題ありと言えど、まごうことなきその剣の腕は超一流。


 ウチに来なくても、他にも行く宛はあったんじゃないかなと思われるほどの技術を持つ。


 魔術のプレセア先生といい、我が父の人脈はどれだけ広いのだろうか……。



「坊っちゃん、筋はいい。だが、まだ考えて振ってるな。実際の戦いじゃいちいち考えてる暇は無いよ。とっさに動けるように、もっと身体に基本を叩き込む必要があるな……」


 手に持っていた木剣を叩き落された僕は、両手両膝を地面に着いて肩で息をしながら、エドガー先生の指摘を受ける。


「次は私……」


 やる気をみなぎらせているのは、目の前で僕が散々に叩きのめされたのを見て怒りに震えているブラン。


 ブラン、違うよ。

 訓練だからやられてもいいんだよ。


 疲れて声が出てこないので、心の中でそう呼びかけるも当然届かない。


「いいぜっ、おっ、ちょっ、ちょっとまだ始めの号令がっ、待て待って」


 構える前に攻撃を仕掛けてきたブランを、上手く木剣で捌いて避けるエドガー先生。


 その身体能力や、獣人の特殊性により、人よりも遥かに早い攻撃を仕掛けている。


 だが、時間か経つに連れてだんだんとブランの剣筋も鈍ってくる。


「ハハハハ、どうしたんだい?ブランちゃん。剣筋が乱れてきたよ」


 そのうちに、ペースを取り戻した先生が少しずつブランを追い詰める。


「はい、これで終わり」


 ブランが大きく振り下ろした剣を紙一重で躱して懐に入ったエドガー先生が、ブランの首元に木剣を突き付ける。


「ブランちゃんは、もっと考えて剣を振りなよ。せっかくの身体能力がもったいないよ」

「ぐぬぬぬ……」

「ブランちゃん?あくまでも訓練だからね。そんな人を殺せそうな睨みを効かせなくても大丈夫だよ」


 慌てて先生はそう取り繕うが、ブランに敵認定されているため、聞き入れてもらえない。


「坊っちゃん、坊っちゃ〜ん。ブランちゃんを止めてよ」


 緊張感のない言葉で助けを求めるエドガー先生ではあるが、その顔にはまだ余裕が感じられる。


 実際にブランの能力が高くても、こと実戦に限ればエドガー先生の足元にも及ばないのはすぐに分かる。


「ブラン、もう少しで回復するからお願い」

「ん」

「ちょっ、ブランちゃん。まだ終わらないの?」


 僕のお願いを聞き入れたブランが再びエドガー先生に吶喊する。


「ちょっ、待ってよ。さっき言ったの、こんなに早く修正しなくていいよ。うおっ!やべぇ。フェイントなんて入れてくんなよ」


 ブランの戦いに関する嗅覚はそこらの騎士を軽く凌駕する。


 言われっぱなしは悔しいよね。

 さあ、第2ラウンドだ。


 僕もヘロヘロな身体に鞭打って先生に向かっていく。

 

「ふたりががりは卑怯だぁぁぁ!」


 こうして先生の叫び声が訓練場に響き渡るのであった。

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