第12話 一念発起(いちねんほっき)
「母上、ひとつお聞きしたいのですが……」
厨房から立ち去った僕は、その足で母の部屋に向かった。
「どうしたのですか、アルフレッド」
室内でくつろいでいたのは、今世の母親アンネマリーだ。
腰まで伸びた金髪で、出るところは出てくびれるところはくびれるメリハリのある体型。
とても子供を産んだとは思えないほどの若々しさがある。
ヘイゼルの大きな瞳が特徴的で、深い慈悲の心を持ち、誰にでも分け隔てなく接する。
周囲には無意識のうちに、幸せな感情を振りまく存在。
そんな彼女は、冒険者時代に【聖女】の二つ名を持つ治癒魔術の使い手であった。
辺境伯婦人となった現在でも、時おり市井に降りては無償で治癒を行っている。
そんな優秀な治癒魔術の使い手だったからこそ、聞きたいことがあったのだ。
「実は、お伺いしたいことがありまして……」
「聞きたいこと?なあに?」
僕がいきなりやってきて聞きたいことがあると告げると、興味津々で身を乗り出す。
「実は鶏の卵を生食したいと考えてまして……」
「えっ?卵は生食できないのよ」
「さっき、料理長からもお聞きしました。それでも、生んで間も無い卵できちんと殻の洗浄が出来れば可能なはずなんです」
「そんな話、初耳なんだけど……」
「ええ、先日、本を読んでいてそんな記述があったものですから……」
まさか前世の記憶ですとは言えず、適当にごまかす。
「仮にそんなことができてもとても危険よ」
そう説明するが、母は危険であるとの意見を曲げない。
「母上、私はいずれこの地を出て行く身です」
こうなったら情に訴えることにする。
「またそんなことを……」
「いえ、炎に恐怖を覚えているようでは、この家を継ぐことは出来ません」
「そこまで、思い詰めることは無いのですよ。時間が解決することもあるのですし、わざわざ出ていかなくても済む方法も……」
「多分、僕のトラウマは深いところに根があるので完治は難しいと思います」
「アル……」
「そこで僕は、ひとりで生きていくのに必要なことはなにかと思案しているところなのです」
「どうしてそんなことを……」
「早くから考えておくことは大切だと思いますよ」
「……」
「そこで当座の金を稼ぐために、何か金策を考えてるのですが、これまで誰もやってこなかったことには儲けの匂いがするとは思いませんか?」
「それで卵の生食を……」
「はい。それでお伺いしたいのです」
「あなたの覚悟は分かりました。とりあえず、生食の是非は後にしましょう。それで、聞きたいこととは何?」
よし、母が折れた。
僕は心の中で、ガッツポーズをしながら質問をするのであった。
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