第58話 機略縦横(きりゃくじゅうおう)

 かつて、仮面騎士ペルソナエクエスとして王都を騒がせたことを思い出しながら、フォティア商会までの道を征く。


 今や王国で最も勢いのある商会と言っても過言ではないフォティア商会は、王都ではなくここ辺境伯領都『フレイム』に本社を構えている。


 利便性や商機といった面から、王都に本社を置く方がいいと思うのだが、商会長のクレスは頑なに辺境伯領での商いに拘っている。


 曰く、「アイデアはアル様頼りなんですから、一番近い場所にいるのは当然です」だとか。


 もういっちょまえの商人なんだから、と思わないでもないが。

 まあ、頼られるのは悪い気もしないね。


 そんなことを考えながら、領都を歩く僕とブラン。

 もはや、おなじみの光景に街の人々も微笑ましいものを見たような笑顔を向けてくる。


「アル様、帰りに寄っていってくれよ」 

「あら、今日もお出かけ?」

「かわいらしいわね」

「ブランちゃん、今日も……ハアハア……」

 

 今日も街の人々から、気さくに声がかかる。 

 これは住人と、良好な関係性を築いているからだと信じたい。


 だが、最後のヤツ。  

 テメーだけはダメだ。


 ブランに害が及ばないように、早めに対処しようと心に誓うのであった。




 やがて僕たちは、スラムに似つかわしくもないほど立派な屋敷にたどり着く。

 そこが、フォティア商会の本拠地であった。


 かつて僕が【創造(クレアーレ)】の魔術で拡張した隠れ家の跡地に建てられた屋敷であった。

 地上二階。

 そして地下四階という、この世界では絶対にありえない規模の屋敷だ。


 何しろ、【仮面騎士ペルソナエクエス】や、その取り巻きの戦闘員たちの秘密基地も併設しているだけに、どうしても規模が大きくなってしまったのだ。


 さすがに地下は、僕が【創造(クレアーレ)】できっちりと作っている。

 じゃないと、どんな事故が起きてしまうか分からないからね。 


 屋敷の正門には、おそろいの装備を身に纏った門番が立っていた。

 一見すると身体が大きいだけの男たちに見えるが、一方は【固定フィクサム】の魔術を、もう一方は【看破パヴィデオ】を使いこなす優秀な門番なのだった。


「やあ。会頭はいる?」

「…………ん」


 僕とブランがふたりに挨拶をすると、僕らに気づいた彼らは土下座をせんばかりに深々と頭を下げる。


「兄貴!姐さん!お久しぶりッス」

「お待ち下さい。すぐに連絡を入れるッス」


 彼らが通話の魔石で、屋敷内に連絡をすると、中からは柔和な笑顔の中年男性が現れる。

 彼こそが、かつてクヌートにその罪の一切をなすりつけられたヴォイドさんであった。   


 元々クヌートの側近を務めるほど有能な人物であっただけに、商人としてのその能力は折り紙付きで、あっという間にフォティア商会の副会頭という立場に就いてしまった。

 それでいて、処刑から救い出された恩もあって、僕たちやフォティア商会への忠誠心も高いという得難い人物である。


「お待たせしました。オーナー」 

「お久しぶりです。もうかってますか?」

「ぼちぼち……いや、がっぽりですね」


 そんな軽口を叩くほど、彼は商会に溶け込んでいる。 

 ヴォイドさんの案内で屋敷に入る。

 その道すがら、僕は辺境伯領での生活について尋ねる。

 何しろ、元は王都で生活していた人物だからね。

 僕のアイデアで、何かと工夫はしているけど、どこか足りないところはないかを聞いてみたのであった。


「辺境に不便はない?」

「いやいやいや、王都よりも快適ですよ。何しろアルフレッド様の発想した品が、どこよりも早く流通するのですから。先日到着した私の家族も、こんな場所があるのかと驚いていました」

「奥さんと娘さんだっけ?長かったねえ」

「そうですな。ですが、再び家族と暮らせるとは思ってもいませんでしたので……ありがたいことです」 


 そう言ってヴォイドさんは目頭を押さえる。

 父上との交渉で、人身御供にされたヴォイドさんの身柄は確保できたものの、その家族については良くも悪くもクヌートの保護下にあったため、こっそりと辺境伯領まで連れてくるのに時間がかかったのだ。


 何しろクヌートとしては、家族の面倒を見るとは言ったものの、その家族に余計なことを言われないかも心配であり、保護という名の軟禁状態に置かれていたのだった。

 

 常にクヌートの手の者に行動を監視され、王都から外に出ることは許されなかったようだ。


 そこで僕らは一計を案じ、家族の家に火を放ち焼け死んだことにして、まんまと家族を辺境伯領まで連れてきたのだ。


 これは事前に父上を通じて国王陛下まで話を通した作戦で、隣家や周囲の家には決して迷惑をかけないようにしっかり準備してから行われた。


 実行したのは戦闘員……いや、フォティア商会の従業員たちで、家の中に父上にしっかりと焼いてもらったゴブリンの死体を二つ置いて、火をつけたのだ。


 こんなことを言えば不謹慎だと思われるかもし知れないが、転生前の知識からどうすれば延焼をさせずに治めることが出来ることはよく理解していたので、夫を失った妻子が人生を悲観して焼身自殺をしたとの体を装った訳だ。


 それなりの時間が経過し、クヌートの認識も薄れて来たタイミングで決行したことで、怪しまれずに連れ出すことが出来たのだ。


 火事の後は、周囲の家に住む人たちに火事見舞いとしてフォティア商会からいくらかの援助金を配ったおかげで、商会の評判も上がるというおまけまでついた。

 お騒がせしたから、お金でお詫びしただけなのに、望外の結果とはこのことだった。


 官憲へは事前に国王陛下から話が来ていたので、早々に自殺でケリがついた。

 炭化した死体など、ゴブリンも人も見分けがつかないから、仮にクヌートがこの件を調べても不審点は見つけ出せなかったはずだ。

 実際は、余計な出費が減ったとばかりに、葬儀の費用すら出さなかったのだが。


 この件だけでも、ヴォイドさんは裏切られたと激怒し、カイウス商会へさらなる妨害が行われたのは、ここだけの話だ。


 まぁ、なんやかんやあったが、こうしてヴォイドさんと家族は無事に再会出来たのであった。


「最近、ウチの商会で売り出した【ハンバーガー】と【フライドポテト】を娘が殊の外気に入ってしまいましてね」

 

 ヴォイドはそう言って、嬉しそうに微笑むのであった。


 僕は先日、ついにジャンクフードにまで手を出してしまった。


 【オピオタウロス】という身体の上半身が牛、下半身がヘビという魔物のバンバーグを作ったところ大ウケしたので、調子に乗ってパンに挟んだり、フライドポテトまで再現してしまったのだ。 

 

 その結果、想像以上に大ヒットしてしまい、辺境伯領の特産品のひとつとまでなってしまったのだ。


 そこで僕はひとつだけ注意をする。


「食べ過ぎると太るからね」

「えっ……」

「カロリーが高いから、ゴロゴロしてて運動をしなければ一発だよ」


 前世で確か、ハンバーガーだけを食べて生活した映画があったのを思い出す。

 最終的には体重がものすごく増加して、脂肪肝になってしまったはず。


「どどどど……どうすればいいのですか?大好きで毎食でも良いとまで言ってるのですよ」

  

 今や子煩悩になったヴォイドさんが慌てて聞いてくる。


「とにかく走ること。身体を動かせば何とでもなるから……」


 そう言いつつ、僕はヴォイドさんのお腹をチラリと盗み見る。

 ちょっと太った……よね。


 辺境伯領は食べ物が美味しいと評判で、住人にもボチボチふくよかな人が目立ってきた。


「ふむ。ダイエットにも手を出せば儲かるかな?」

「はぁ?」


 僕は新たなる儲けのアイデアにほくそ笑むのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 ヴォイドを身請けした後日談でした。 

 次のお話で、商売繁盛編は終了となります。


 モチベーションに繋がりますので、レビューあるいは★での評価をお願いします。

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