第57話 爬羅剔抉(はらてっけつ)

 【レーヴェ王国】の謁見の間の奥には、国王の私室がある。


 絢爛豪華な謁見の間とは異なり、全てが現国王の好みで彩られたその部屋は、質素な中にも高級感の漂う調度品が設置されていた。


 ここは、現国王が認めたごく一部の者しか招くことのない、いわば彼にとっての聖域であった。


 そんな特別な部屋では、ふたりの男が酒を酌み交わしていた。

 ひとりは言うまでもなく、現国王【エックハルト・フォン・レクス=レーヴェ】

 肩まで伸ばした金色の髪と、タレ目がちな碧眼。

 ややもすると軽薄そうに見える容姿ではあるが、その本質は大国を治める清濁併せ呑む為政者

であった。


 そしてもうひとりは、彼の親友でもある南部辺境伯兼【王国魔法師団】団長の【アーサー・フォン・ヴルカーン=シュレーダー】であった。

 【灼熱】の二つ名に相応しい紅蓮の髪を持ち、熊とも見まごうばかりの巨大な体躯。

 厳格そうな容姿とは裏腹に、妻と子を溺愛する優しさも持ち合わせている。



 そんなふたりが、盃を重ねつつ話題にしているのは、先日王都で発生した【クヌート・フォン・カイウス】子爵邸襲撃事件であった。


「ふ〜ん、で、あのタヌキジジイは、自分の部下に全てを背負わせた、と……」

「ああ、数々の証文や供述もあるんだが、自分ではないと突っぱねたそうだ……」

「チッ、全く忌々しい。父上も余計なことをしたものだ……」

「腐っても子爵だしな……。白を切られるとなかなか打つ手がない。貴族を裁くには貴族の証言が必要か……」

「奴隷市の貴族共からは証言が取れなかったのか?」 

「どうやら、表に出ていたのは別の男だったらしいな。こんなに大々的にやりながらも、自分だけは最後の一線を越えない。まったく嫌らしい男だよ……」


 アーサーは、眉間にシワを寄せて、忌々しそうに吐き捨てる。

 その表情は、見慣れない者が見れば、死を覚悟するほどの凶悪さであった。


 貴族という特権階級を裁くには、少なくとも同様の貴族からの証言が必要。

 今回のように屋敷内に奴隷市を構えていて、多くの貴族が現行犯で捕まったとしても、表に出ていなければ証言は得られない。

 ましてや、その屋敷すら部下のものであると証言されてしまえば、クヌートまで追及の手が及ばないのだ。


「取引証書のサインも、わざわざ字体を変えているほどの周到さだ。やはり現行犯で捕らえるしかないのか……」


 そうアーサーが吐き捨てる。 


「だが、が奴隷市を開いていたとして、責任を取らせて降格させることには成功した」

「これで多少は影響力が減ると言いんだが……。そうだ、息子に頼まれていたのだが……」 


 アーサーは、エックハルトにそう切り出す。


「ほう、今や辺境伯家の麒麟児が……」

「あまり、持ち上げないでくれ」

「だが、ホントだろう?フォティア商会の陰のオーナーにして、次々と新しい料理や調味料を生み出す金のガチョウ。スラムの改革を行い、貴重な人材育成プログラムを構築。噂では魔術に関しても相当な腕前とか……。惜しむらくは炎恐怖症のみと……」

「そこまで把握してるとは……」

王国ウチの諜報部も優秀だろう?」


 何も隠すことなく、そう誇るエックハルト。

 アーサーは苦笑を浮かべるばかりだ。

 そこは、親友どうしだからこその胸襟を開いたやり取りというものだ。


「……で、麒麟児くんは何と?」

「身代わりにされた者が欲しい、と」

「……はぁ?」

「調べてみれば、あの屋敷を譲られただけで、随分と真っ当に商売をしていた御仁らしくてな。今回、クヌートを追い詰められなかった以上、何をやってくるか分からない。特にフォティア商会としては、クヌートから何らかの妨害を受ける可能性もあるわけだ」 

「今や、カイウス商会に最も迫っている商会だからな……。いや、今回の件で並んだか?なるほど、そこで手の内を知る者が欲しい、と」

「ああ」

「で、その、見返りは?」


 そう尋ねるエックハルトの表情は、為政者のそれになる。

 仮にも一国の王に頼み事をするのだ。

 その対価によっては、自分がどう見られているかの判断材料にもなるというものだ。


「向こう一年間、王国との商取引を二割引だとさ」

「二割引だと……」


 あまりにも途方も無い提案に、エックハルトですら言葉を失う。

 マヨネーズやプリンばかりではなく、様々な商いを手広く展開しているフォティア商会は、今や王国の主要な取引相手である。

 その取引の二割引ともなれば、ヘタな領主貴族の収入をも上回る額にもなる。


「それでは、一年間タダ働きになるぞ」

「フフッ、他で儲けてるから構わないとさ」

「そこまであの男が欲しいのか」

「知識というのはそれほど得難いものだと力説されたよ。それと……」


 アーサーは持参していた、小脇に抱えるほどの大きさの箱を取り出す。


「何だそれ?」

「冷凍箱というらしい。中に入れた物を凍らせる箱だ」


 アーサーが蓋を開けると、箱の中からヒンヤリとした空気が溢れ出る。


「冷たいな……」

「ウチの息子の発明だ」


 アーサーはどこか得意気だ。

 そうして中から出てきたのは、皿に乗った半円の乳白色の菓子。


「何だこれは……?」

「【あいすくりーむ】というらしい。まずは食べてみろ」


 論より証拠とばかりに、皿を差し出すアーサー。

 まずは自分が先にすくって食べて見せる。


「くぅぅぅぅ、うまい」


 強面の男が満面の笑顔。

 ちょっと引く光景だが、その場違い感が菓子の美味さを物語っていた。

 エックハルトは、スプーンを手にすると恐る恐る乳白色の菓子に手を伸ばす。

 

「おっ、思ったよりも柔らかいな……なっ、なんだこりゃあああ!」

「だろ?」


 してやったりという顔で笑うアーサー。


「これのレシピの提供も加えるとさ」


 この瞬間、クヌートが差し出した生贄の羊ヴォイドの運命が変わったのであった。



「そうだ、お前の親父は身分剥奪の上で平民に落とすぞ。さすがに、奴隷市を行っていた屋敷にいては言い訳も効かん」


 ふと、エックハルトが思い出したように伝える。

 ふたりの間では、そこまで重要ではない話であった。

 すると、アーサーは不機嫌な表情になると、忌々しそうに言い放つ。


「あんな男は父親と思ったこともない。好きにしてくれ」

「分かった。それにしても、トラウマで魔術も使えなくなったとかで、踏んだり蹴ったりだな……」

「…………ん?」

「何でも、魔術を詠唱しようとすると、仮面騎士に殴られた記憶が蘇って集中が出来ないらしい。そうなっては、魔術師としても終ったようだな」

「…………んん?」


 アーサーは、そのやり方にどこぞのメイド長の姿を思い出す。


(ディアナの【魔術師殺し】に似てるような……。まさかな……)


 ふとした疑問が脳裏をよぎるが、すぐに否定する。

 、辺境伯領の関係者が今を騒がす仮面騎士ペルソナエクエスに関わっているとは思えなかったからだ。


 こうして、仮面騎士ペルソナエクエスの正体に繋がりそうなヒントが重要視されないままに、闇へと葬られるのであった。


 仮にディアナにそのことを尋ねていたら、仮面騎士ペルソナエクエスに近づけていたかも知れない。


 仮面騎士ペルソナエクエス―――その正体は誰も知らない。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


そんな訳で、裏話でした。


助命されたヴォイドは、フォティア商会の相談役として働くことになりました。



ただいま、読者を増やすために四苦八苦しております。

もしも、気に入っていただいて、レビューなどを書いていただければ、作者のテンションが爆上がりして更新頻度も早まります。


お力添えをいただけると幸いです。



あと、フォローもポチッとしていただけると、作者は踊り回ります。


今後とも、拙作をよろしくお願いします。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る