第59話 忘恩負義(ぼうおんふぎ)

 ヴォイドさんの案内で、フォティア商会の屋敷に向かう僕とブラン。

 広々としたエントランスホールに入ると、すぐ右手にある商談ルームから、喧々諤々とした声が漏れ聞こえる。


 商売繁盛で良いことだ。


「なかなか盛況だね」


 そう僕が話しかけると、ヴォイドさんは満面の笑みをたたえながら、誇らしげに答える。


「おかげさまで。ここに至って、カイウス側からの離脱者も増えて来ました」

「へえ〜、それは良かった」

「ええ、もうカイウスは泥舟ですね。かつての栄光にしがみつこうと、傘下の商会にはかなり強引なノルマを課したり、アコギな商売に手を出したりしてるみたいですね」 


 どうやら、カイウス包囲網はだんだんと効果を現しているようだ。

 フォティア商会の強みである前世の料理。

 これを、カイウス側に一切流さないことで、差別化を図る。


 さらには、カイウスの過去の悪事を明らかにしていくことで、イメージ的にも失墜させる。

 これには、どこからか現れる【仮面騎士ペルソナエクエス】や【戦闘員】たちが大きく関与していたりする。

 

 調べて分かったのだが、カイウスはかなりヤバいことに手を出していた。  

 いわゆる反社会的な組織と手を組むだけには飽き足らず、他国とも良からぬ取引きもしていた。 


 僕自身は、カイウスにそこまで恨みつらみは無かったが、早いうちに潰しとかないとマズいところまで来ていたようだ。


 もちろん、調べた情報は官憲にももれなく伝えてあるので、そちら側からも締め付けが厳しくなってきている。

  

 経済面をフォティア商会が攻める。

 悪事面を【仮面騎士ペルソナエクエス】たちが攻める。

 法律面を官憲が攻める。


 これこそがカイウス包囲網である。

 どうやら確実に影響を与えているようで何よりだ。


 そんな会話をしながら、存在感のある正面階段を昇り、商会の執務室にたどり着く。

 そこは、フォティア商会の頭脳とも言える場所で、関係者でもごく一部の者しか入室を認められないのだった。


 趣のある両開きのドアを開けると、そこには商会長のクレスを始めとした馴染みの面々が勢ぞろいしていた。


「「「兄貴、姐さん。お疲れさまです」」」


 一斉に立ち上がってそんな挨拶を寄越す一同。


 疲れてね〜よ。

 だいたい君たちは貴族だったり、その家臣だったりするんでしょ?

 その態度はどうなんよ。


 そこにいるのは、主にスラム時代からの初期メンバーだけに、余計僕らに敬意を払ってくれるんだろうけどさ。


「……ん」


 そして、満更でもない顔のブラン。

 これがこの世界では正しいのか?


 すると、脱兎の勢いで僕に駆け寄ってくる影がひとつ。


「アルフレッドさまぁ〜」


 クレスの妹のクレアだ。

 もう成人したにも関わらず、相変わらず僕の姿を見ると抱きしめようとやってくるのだ。


 やれやれだぜ……。


 そんなふうに考えていた時期が僕にもありました。


「ぐぶぇっ!」


 激しい衝撃とともにクレアが真後ろにひっくり返る。

 しかも、淑女らしからぬセリフを吐いて。


 見れば、ブランが詠唱破棄で展開した【結界オヴィス】に勢いよく衝突したようだ。


 おでこが真っ赤になっていて、目を回している。

 大丈夫か?


「…………抱きつかれた方が良かった?」


 ブランが虫けらを見つめるような目で睨むため、僕は身の危険を感じて、勢いよく首を左右に振る。

 それはもう、ブンブンと何回も何回も。


「ハハハッ、クレア。姉さんには勝てないんだから止めろって言ってたろうが」


 そんな会話に入って来たのは、商会主のクレスであった。


 山のような書類をかき分けて、僕たちのもとにやって来る。


 正直助かった。

 ブランはクレアが関わると機嫌が悪くなるので、何とかして欲しい。


「だって、お兄ちゃん……。アルさまがかわいいのが悪いんですよ~」


 クレアが額を抑えて立ち上がる。

 どうやら怪我はなかったようだ。


「兄貴と姐さんの仲には割り込めないって。お似合いのふたりだろうが……」

「でも……」


 そんなことをさり気なく言い聞かせるクレス。

 いいぞ、もっと言え。


 クレスの言葉に、ブランが気を良くしているのが分かる。

 長くてモフモフな尻尾が、バッサバッサと揺れている。


 言って欲しい言葉を、絶妙なタイミングで発することが出来るのは、さすがは大商会の主といったところか。

 このまま行けば、ブランのご機嫌とりは完璧だ。


 ブランがクレスに親指を立てている。

 僕が教えたグッジョブのハンドサインだ。


「……助かった」


 僕が思わず本音を漏らすと、クレスは意地の悪い笑みを浮かべて僕に挨拶をする。


「アルさま。お久しぶりです。先日、一緒に新店舗の受付嬢の面接をしたとき以来ですね」

「………………ああん?」


 こいつやりやがった。

 ブランに内緒で、面接会場に行ったことを曝露しやがった。


 別に何をしたいワケじゃないけど、綺麗なお姉さんを見て目の保養をしたいと考えるのは、男の本能じゃない?

 もちろん、ブランよりも綺麗な人はいなかったよ。


 でもさ、たまにはそんな気を抜いた日があってもいいと思うんだ。


 僕はそんなふうに、絶対にブランには理解してもらえない言い訳を内心で繰り返す。

 もう、僕の背中は汗でびっしょりだ。


 してやったりと嬉しそうにニヤけるクレス。

 そうか、お前は敵だな……。


 僕は睨みつけるブランの視線をビンビンに感じながらも、決してそちらを向かないように知らんぷりをするのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


今週は『紅蓮の〜』の強化週間。


二日に一回の更新を目指します。



 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る