第60話 而今而後(じこんじご)

 どないやっちゅうねん!


 僕はクレスの胸ぐらを掴み上げると、そのまま【飛翔ウォラト】の魔術で空を飛び、二階の窓から外に出る。


「うわっ!怖っ!」


 クレスが宙に浮いてる状況で足元を見下ろし、思わずそんな弱気な発言をする。

 当たり前だ。

 こちとら、怒ってるんだから。


「ペラペラペラペラと、個人の情報を披露する商人は信用されないって教えたよな?」

 

 すると、クレスはニコニコと笑いながら、反論する。


「それは顧客相手のことです。身内のことを身内に話すのはなんの問題もありませんよ」

「だからってなぁ……」

「そもそも、兄貴は姐さんに好きだって話したんですか?」

「ばばばばばばばば……ばかなことを言うなよ」


 想定外の言葉に、思わず言葉がどもりまくる僕。

 こちとら、前世から合わせれば中身は30歳超えだぞ。

 

 すると、クレスは更に追い打ちをかけてくる。


「早いとこくっついてもらわないと、ウチの妹が嫁に行かないんですよ」

「はぁ?」

「いつまでも兄貴がフリーなもんだから、脈があるのではって思ってるんですよ」

「だって年齢を考えてみろよ。7歳も違うんだぞ」

「兄貴の中身は中年くらいに見えますよ。とても9歳とは思えませんよ」

「おい、なんだそれ……」


 一瞬、クレスに前世の話をしただろうかと考えるも、それはないと首を振る。

 クレスの【鑑定】では、前世にまつわる点は見えないことは実験済みだ。

 おそらくは、商人としての眼力で、中身の成熟具合を見抜いたのだろう。


「それに、一緒に冒険者になるって言ってくれてるんでしょ?」

「…………ああ」

「姐さんの優しさに報いなきゃ」

「うん」


 何か毒気を抜かれてしまった僕は、大人しく元の部屋に戻る。


「ひゃあ、死ぬかと思いました」


 床に足をつけたクレスは、開口一番そんな感想を漏らす。


「…………もっとも、いつも冷静な兄貴が慌てる姿も見たかったのもありましたね」

 

 そして、思い出したようにそんなことを戯けて話すクレス。

  

 そういうとこだぞ。


 その後の僕は事務的に、王国北東部の不凍港を持つエアヴァルト領への出店計画を説明すると、帰宅の途につく。


「ねぇ、ブラン。ちょっと寄りたいところがあるんだ……」 

「ん?」

「寄り道してもいいかい?」

「別に構わない……よ」

 

 そこで僕は【転移メタスタシス】の魔術を展開する。

 光の扉を抜けて、たどり着いた場所は辺境伯領で最も高い鐘楼の上。


 茜色の空の下、一面に広がるのは辺境伯領都フレイムの町並みだ。


「キレイ……」


 ここは街が一望出来て、ブランが一番好きな場所だ。 

 ブランの尻尾が機嫌よく左右に振れている。


 僕は話を切り出す。


「これから僕は冒険者になるし、ゆくゆくは王立学院に入学する。やることがいっぱいだ」

「そうだね」

「ブランはそんな僕に付き合ってくれてるけど、何かやりたいことはないの?」


 その前にひとつだけ確認する。


「私はアルの専属メイドさんだから。でも、いつかは……」

「いつかは?」


 ブランが言葉に詰まったので聞き返すが、顔を赤くするばかりで答えはない。

 そこで僕は話を続けることにする。


「僕らはこれまて、ずっと一緒にいろんな景色を見てきたじゃない?」

「うん」

「もう、僕の隣りにブランがいるのは当たり前になっちゃってるんだ」

「そうだね」


 ブランがそう言って微笑む。


「これは僕の勝手な考えなんだけど……」


 そう前置きした僕。


「これからもずっとブランには隣にいて欲しいんだ」

「えっ?」

「まだ先も見えない子供だからさ……」


 僕はこの先、おそらくはこの子と共に歩んでいくのだろうなという確信に近い思いがある。

 さすがにまだ、11歳の女の子に対して恋愛感情云々は無いけれど、成長していくにつれてそういった感情を育てて行くのもありかなと考えている。


 だから、そんな思いをブランに告げる。


 すると彼女は、その大きな瞳に涙を浮かべる。


「……嬉しい。ずっと一緒にいようね」

「うん」


 ブランがそう言って、ポスンと僕の胸に頭を預ける。

 僕はそんなブランの頭を撫でながら、彼女の感情が落ち着くのを待つ。

 

 やがて、感情の奔流に涙していたブランは、頭を上げると泣き笑いしながら言い切る。


「でも、もう私はアルのこと……大好きだよ」


 まいったなあ。

 女の子は考えることがもう大人だよ。 

 

 僕は苦笑いを浮かべると、感謝の言葉を告げる。


「ありがとう」


 これからも僕らは、ともに歩んで行くことだろう。

 それは間違いのないことだ。


 なんか、そんなにハッキリと告白されると僕も照れてしまう。

 ブランの気持ちを裏切ることがないように、しっかりと自分の気持ちに向き合っていこうと心に誓うのであった、


「もう少し……だけ、こうしてていい?」 

「うん」


 鐘楼の上に二人並んで座ると、ブランが僕の肩に頭を預けてくる。


「アル……私、幸せ」


 そんなことを話すブラン。

 僕はその言葉を受け入れるのであった。



 赤く染まった空に、だんだんと夜の帳が下りてくる。


 僕たちはそうしていつまでも、眼下の町並みを眺め続けるのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



これにて二章は終了となります。


次回からは、ついに冒険者デビューです。

今後とも応援をよろしくお願いします。


モチベーションに繋がりますので、レビューあるいは★で評価していただけると嬉しいです。


本日は体力の続く限り更新します。


次話も執筆中、ご期待下さい。

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