第44話 敬神崇仏(けいしんすうぶつ)
その場にいた少年少女たちは、クレス、クレアの兄妹の他に10人いた。
男の子が6人、女の子が4人だな。
その連中をかわるがわる入浴させる。
「そのボトルに入ってるのが【シャンプー】で、四角いのが【石けん】な。よく身体を洗ってから
湯船に浸かれよ」
「分かった!ヒャッホ〜イ!」
「だから、身体を洗ってからだって言ってんだろうが!」
「うっわあああ!冷てえ、悪い悪い!だから止めてくれよ〜!」
「今度は氷の礫をぶつけんぞ!」
入浴できることに喜んで、テンションが上がって人の話を聞かない連中には冷たい思いをさせる。
「ゴメン、ゴメンって!悪かった」
「……ったく、その都度風呂の湯を変えるこっちの身にもなれよ」
僕がチェックしているのは男連中の入浴だ。
僕がバカどもの相手に辟易していると、クレスが謝罪する。
「アルフォンス様、申し訳ありません。普段は聞き分けのいい奴らなんですが……」
「謝罪は、不要だって言ったぞ。だいたい子供なんてうるさくするのが仕事みたいなもんだ。それを大人がしっかり躾けていくから良いんだろうが」
「アルフォンス様って、この中の誰よりも年下ですよね……」
「なりは小さくても、お前らほどガキじゃないからな」
こちとら、前世も含めればもういい歳になっちまうんだよ。
条件反射で、ルールを守れていない者には怒鳴るが、別に怒ってはいない。
これは前世の部隊生活の悪癖かな?
出来ていないところがあれば、きっちり出来るまで指導しなきゃならないと思い込んでしまうのは、なかなか面倒くさい性格だと思うな。
まあ、おかげで少年たちに対する遠慮なんてものが無くなったので良しとしよう。
そう切り替えた僕は、隣で申し訳無さそうにしているクレスに話しかける。
「それより、あとはクレスだけだから早く入る準備しろよ」
「いや……、その……私は結構です」
「何を気にしてるんだよ、早く入れ」
「僕は大丈夫なんです」
「はぁ?」
僕らがそんなやり取りをしてると、更衣室の扉を開けてクレアが入ってくる。
どうやら僕らの会話は隣まで聞こえていたようだ。
おい、ここは男湯だぞ。
クレアは恥ずかしがる少年たちには目もくれず、僕に説明する。
「アルフレッド様、お兄ちゃんは怪我が酷くて、他の人に身体を見せたがらないんです」
「何?」
「幼い頃に虐待を受けたの。そのせいで身体のあちこちにひどい火傷の跡が……」
それを聞いた僕がクレスを見つめると、彼は静かにうなずくと自嘲する。
「こんな醜い姿を他の人に見せるわけにはいきません」
その姿は弱々しく、今にも消えてしまいそうに見えた。
風呂から上がった連中も、僕らの真剣な雰囲気に、先程のばか騒ぎはどこに行ったのかと思うほどに押し黙ってしまった。
「脱げ」
「えっ?」
「何とかしてやるから脱げ」
そんな中で、僕はクレスに服を脱ぐように指示をする。
「嫌です。いくら何でも、この姿を見せたくはありません」
「脱がなきゃ分からないだろうが」
「何がです?この傷をもの笑いのタネにするつもりですか?」
「おい、何か勘違いしてないか?何とかするって言ってるだろうが」
「勘違い?」
「だから……」
「何とか出来るわけ無いです。教会ですら治せなかった怪我ですよ」
「教会でもダメ?そんなはずないだろう」
「ヘタな回復薬でもダメ。教会の治癒師でもダメ。無理なんですよ」
「無理かどうかは僕が判断する」
「どうしてもですか?」
「ああ」
「分かりました、見てくださいよ」
どうやら傷の件はクレスの急所だったようだ。
よほど傷を見せるのが嫌なのか、頑なに拒んでいたが、引く様子のない僕を見て諦めたのだろう、ようやく服を脱ぐ決心をしたようだ。
そして彼は、その身体に刻まれた傷を露わにする。
「なっ……」
その傷を見た僕は思わず言葉を失う。
焼けただれケロイド状になった肌が、背中一面に広がっていたのだ。
「それにこっちもです」
クレスが顔の半面に覆っている前髪をかき上げると、そこにもケロイド状の肌が広がっていた。
「これはいつからだ?」
「もう何年も前からです。痛みや痒みが絶えることなく繰り返されて、気が狂いそうになるんですよ」
「そうか、それは辛かったな……」
僕はそう言いながら背中の傷に手を触れる。
「えっ?嘘……」
「えっ?」
「…………」
次に声を失うのは彼らの番だ。
僕が無詠唱で【完全治癒(ペルフェクティオ・サナーレ)】を展開すると、傷が深過ぎて中級回復薬では治せない傷が一瞬で癒えていく。
突然、それまで己を苛んでいた傷の痛みや痒みが失われたため、クレスは驚きを隠せない。
「お兄ちゃん、この人すごい……」
「かっ、かっ、かっかっ……神様……」
「奇跡だ……」
少年たちの見る目が変わる。
いや、そんな神じゃないからね。
うちの母さんの得意技だし。
君たち、教会にいたなら見たことあるでしょ。
「やっと分かった?アルは神」
「「「「はい!」」」」
ブランさん?
なんか布教とか始めないでくれる?
そして少年たちは、あっさり影響されすぎじゃないかね?
「ずっと……ずっと苦しんでました……こんな身体どうにかなってしまえばいいのにとも……まさか、まさかこんなことがあるとは……神様」
「神様、お兄ちゃんを救っていただきありがとうございます」
クレスとクレア兄妹が、涙ながらに膝をついて両手を組み合わせて祈りの姿勢をとる。
狭い脱衣所で、兄妹が涙ながらに祈る姿……かなりシュールな光景が広がる。
おまえらもか!?
ブランさん、そこでクレアの肩に手を置いて満足そうにうなずかないで。
こうして、よく分からないうちに、僕は神認定されてしまったのであった。
違うからね。
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