第143話 愚痴無知(ぐちむち)

「クソっ!クソっ!クソっ!」

「絶対に許さねえ!」

「まさか、先生たちが……」

「先生なんて言うな!アイツらは人殺しだぞ!」

「こんなことになるなんて……」

「それに、俺たちを褒めてたのも嘘ってことだよな」

「そんなことあるかよ!俺たちは能力があるんだ。あのクソ野郎たちはそれに嫉妬したんだ」

「そうか……そうだよな」



 謎の女性の助太刀により、当面の危機を免れた新人パーティー【軌道の戦士】たちは、近場の洞窟に籠もっていた。

 

 怪我の癒えきらぬ仲間を庇い、魔物の襲撃に怯えながらもようやく辿り着いた手ごろな洞窟。

 まだまだ未熟な彼らにとって、この場所こそが念願の安全地帯だと思われた。


 多少なりとも大森林内を移動し、蝎獅マンティコアの姿も見えなくなったことから、彼らはようやく安全な場所を得たと錯覚していたのだ。 

 だが、そこは依然として大森林の中層である。

 決して安心も油断もしてはならないことに変わりはなかった。

 

 それなのに彼らは、裏切った先達の冒険者への恨み辛みを述べ合うという、下らない会話にばかり時間を取られていた。


 本来であれば、次の方針を素早く決めて行動に移さねばならないような切羽詰まった状況。

 こんな誰でもやって来れる洞窟など、何の守りにもならず、未だ危険地帯のど真ん中であるという現状に彼らは誰も頭が回らない。


 ひと息ついて体制を整えたなら、すぐにその場を離れるべきであった。

 冒険者にとって「無知は罪」

 彼らは今まさにそれを体現していた。


「それにしても神旗の約定クソ野郎どもめ……」

「絶対に、絶対に生きて報告してやる」

「そうね……えっ!?」

「ノア!後ろだ!」 


 相も変わらず、グチグチとつまらない会話をしているノアの背後に影がよぎる。


「…………ん?」


 それに気づいた仲間の警告に、ノアが何気なく背後を振り返る。

 するとそこには、大人の背丈ほどもある鷲の姿があった。


「鷲……?ぎゃぁぁぁぁ!!!」


 ぼんやりとそんなことを考えていたノアであったが、すぐにその鷲の腹部にあるに肩口を食い千切られる。


 ノアが大怪我をしたにもかかわらず、すぐに戦闘態勢を取れなかった他のメンバーたち。

 そこで既に戦いの趨勢は決していた。


 狭い洞窟内では剣を振り回しても、壁や天井にぶつかり用をなさない。

 魔物から距離を取ろうとするにも、そのスペースがない。

 完全に袋小路に嵌まった【軌道の戦士】たちであった。 


 洞窟内に少年たちの悲鳴が反響する。


 その魔物――――【グリルス】は、れっきとした中層の魔物であった。  

 一見すれば大きな鷲とも思われるが、その実、腹部には人間の顔があり、背中には虎や山羊、牡鹿の頭が存在する多頭種に分類される魔物。

 飛べないため、鶏のように地面の上を動きまわることしかできないものの、その狡猾さと凶悪さから大森林の中層でも上位の存在であった。

 

 瞬く間にグリルスに接近された【軌道の戦士】たちは方的に嬲られる。

 どうやら、獲物を弄んでから殺すのがこの魔物のやり方らしい。


 身体の痛みでだんだんと意識を失いかけるノア。


 彼は沈みゆく意識の中でひとつの結論に至る。


(ああ、ここはコイツの狩場だったんだ…………)


 ようやくその事実に気づいたノアは、自分たちがいかに未熟者であったのかを痛感する。


(悔しいなぁ……)


 ノアの瞳に涙が溢れたそのとき、グリルスの腹にある人の顔が狂ったかのように悲鳴を上げる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 


 突然のことに一瞬、呆然とする【軌道の戦士】の面々。

 そこに、強い口調で聞き慣れた声が飛んでくる。


「何諦めてんだ!さっさと剣を構えろ!」

「えっ……?」

「でも……?」

「身体の前で構えて、牽制するだけでもいいからさっさとやれぇぇぇ!!」

「「「「はいっ!」」」」


 視線を声の方向に向けると、そこには孤児院の仲間である【反逆の隻眼】の面々の姿があった。

 その中でも、剣士であるスザクはグリルスの背中にしがみつき、背中の虎の顔にその剣を突き刺していた。


「ナナリー、コイツの向きを変えるぞ」

「了解!」

「スザク!もう少し耐えろ!」

「任せろよ!」

「カレン!」


 リーダーのルルが次々と指示を重ねる。

 そして、名前を呼ばれたカレンは、洞窟内でも取り回しの効く短弓に持ち替えて、グリルスの鷲の頭に矢を放っていた。


「今だぁ!!!!」


 背後からの急襲とはいえ、終始有利に戦いを展開した【反逆の隻眼】は、そう時間もかけずにDランクパーティーで討伐可能とされているグリルスの討伐を果たすのであった。


「カイ……」

「礼は後だ早く逃げるぞ……」

「でも……」

「お前ら、血の匂いをそのままにしてるから、すぐに他の魔物が来るんだよ」

「えっ?」

「早く!早くしろ!ああ、そのマントは捨てていけ」

「わっ、分かった」

「ナナリー、ポーションをあるだけぶっかけてやれ」

「うん」



 こうして、【反逆の隻眼】という力強い味方を得た【軌道の戦士】たちは、再び逃走を始めることになるのであった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


しっかりと、冒険のいろはを学んできたパーティーと、褒められて天狗になり何も学んで来なかったパーティーの差でした。


長くなったので分割。

明日、更新します。


モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。



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