第142話 咄咄怪事(とつとつかいじ)

 Cランクパーティー【神旗の約定】


 その冒険者たちの経歴に問題があることは、アグニスの冒険者ギルド側では早期に把握していた。


 その実力に見合わぬランクの高さ。

 共同の依頼クエストを受ければ、高確率で組んだパーティーが行方不明となる。


 だがそこで、以前に冒険者たちが所属していたのは他国の冒険者ギルドであったことが問題をややこしくしていた。

 その他国とは隣国である共和国。

 先日、アルフレッドの父親であるアーサー・フォン・ヴルカーン=シュレーダー辺境伯がお供ゲオルクをひとりだけ連れて首都を制圧したばかりの不倶戴天の敵国でもある。

 当然のように、仇敵の冒険者ギルドからは詳細な情報が入ってくることはなかった。


 あくまでも不穏な噂だけが伝わってくるのみ。


 そのため、アグニスの冒険者ギルドマスターであるグスタフは一計を案じる。

 ギルド自体が有する最強戦力【調律師(チューナー)】の投入し、その冒険者たちの様子を探らせたのだった。


 ひとりひとりが最低でもBランクの冒険者に匹敵する実力を持つ諜報部隊。

 その中でも、統括の立場にあるリリーをわざわざ向かわせるほどの念の入れようであった。

 少なくとも、これで大抵のことは乗り切れるものと考えられていた。


 ある時から、その冒険者たちは一組の新人の面倒を見ることとなる。

 ギルド側としては、その冒険者たちに新人を充てがうのはまだ時期尚早との判断であったが、何分新人の方が乗り気であったために、認めないという結論を出すわけにはいかなかった。


(言葉巧みに取り込んだのね……。さすがに人に取り入ることは上手い)


 陰からその冒険者たちを見張っていたリリーは、その人当たりの良い言葉遣いや、人好きのする表情に騙される者がいるのだろうと判断する。


 実際、その冒険者たちの腕前は、良くてDランクの中位。

 リーダーのイアンだけが、かろうじてCランクの実力であろうか。


(おそらくは何らかの魔導具を用いて、実力を底上げしてるのよね……)


 リリーはそんな当たりをつけるのであった。


 そんな大した能力もない冒険者であるため、案の定、新人への指導もおざなりであった。


 新人が危険を招くような行為をしても、運が悪かったと慰める。 

 新人が当然のようにしなければならないルールも、君たちはわざわざそんなことをするような器じゃないと煽てる。


(本当に新人を育てる気があるの?それなら、どうして…………?)


 リリーは、冒険者たちの指導から、後進を育てる気が一切ないことを見抜く。

 しかし、その目的だけはどうしても明らかにすることができなかった。


          ★★


 そして今日、冒険者たちがどうして新人たちを抱えていたのかが判明する。


(生き餌か!!)


 Cランク以下の冒険者たちが立ち入りを禁止されている中層にわざわざやってきた冒険者たちは、蝎獅マンティコアと接敵するやいなや、さっさと逃亡を開始する。


 新人たちをその場に残して。


 しかも、新人たちに深手を負わせて身動きを取れないようにしてからという悪辣さ。


(あの、悪党どもが!)


 そう怒りを爆発させたリリーは、冒険者たちと入れ替わりに新人たちのもとに向かう。


 幸いにも【神旗の約定】の魔術師が張った結界は、まだ用をなしていた。

 淡い光を放つ結界内に飛び込んだリリーは、そこで

裏切られた事実と己が身の痛み、そして眼前に迫った死の恐怖に泣きわめいている少年少女たちを発見する。


「早く傷を癒やして逃げろ」

「…………えっ?」


 突然現れ、何本ものポーションが入ったバックを投げつける全身黒尽くめの女。

 しかも、顔の下半分を隠しており明らかに不審者だ。

 

 そんな望外な状況に、一瞬だけ動きが止まる新人たち。


「早く!!」


 リリーは、語調を強めて新人たちの行動を促す。

 同時に彼女は、結界に何度も体当たりを加えている蝎獅マンティコアの意識をそらせることを決意する。


 いくら実力があると言えども、蝎獅マンティコアが相手となればさすがに分が悪い。

 そのため、新人たちから引き離すことにのみ重きを置くことにする。


「これから私がコイツマンティコアを誘導する。その間に逃げろ」

「えっ……、でも……」

「そんな……」

「どこに逃げれば」

「できません。もう、だめ……」


 だが、新人たちは何をすればいいのかすら分からず、右往左往するばかり。


(いったい今まで何を……)


 リリーが苛立ち紛れにそんなことを考えるも、そう言えば、この新人たちは何も教わっていなかったことに気づく。


(囮にするために、あえて教えて来なかったのか……。万が一にも逃げ延びられることがないように…………)


 冒険者たちの佞悪さを再確認するリリー。


「いいか、よく聞け。まずは動ける程度に傷を癒やして、ひたすら東に逃げろ。浅層を目指すんだ。体力が持たなければ、洞窟や他の冒険者が築いた穴蔵を探してそこに隠れろ」

「…………アナタは来てくれないんですか?」

「お前たちは、冒険者なのだろう?人に頼らず、やるべきことをやれ」

「でも……、それでも出来なかったら……」

「潔く死ね」

「そんな……」

「それが、冒険者だ」


 愕然とした表情の新人たちを残して、リリーは結界を飛び出す。

 命がけの追いかけっこマンティコアの誘導に臨むために。


 願わくば、新人たちが逃げきれますように。



 こうして、リリーと新人たちの逃亡劇が始まるのであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ちょっと長くなったので分割。

ちなみに、ここ数日の間、リリーはずっと受付には出ていませんでした。

なので、アルたちの担当もしばらくはルーシィが受け持っていたりします。


モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。


 

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