第141話 積水成淵(せきすいせいえん)

 大森林浅層での討伐依頼を終えた僕とブラン、そして【蒼穹の金竜】の面々が冒険者ギルドに戻ってくると、必死に懇願する男の声が聞こえて来た。


「頼む!力を貸してくれ!」


 そこでは、すでにベテランの域にあるCランクパーティー【豊穣の大地】のリーダー【ゴメス】が、集まっていた高ランクの冒険者たちに、声をかけて回っていたのだった。


「あれは……」

「【反逆の隻眼ルルたち】の指導者だ……。何か会ったのかな」


 僕がその異常な様子に驚いていると、【蒼穹の金竜】のソウシが心配そうにつぶやく。

  

(そうか、あの人が……)


 その言葉に僕は、今、目の前で冒険者たちに必死で声をかけている巨漢で禿頭の男が、【反逆の隻眼】の指導をしている男なのだと理解した。

 チラッと見かけた程度であったが、確かにこんな感じの人が【反逆の隻眼ルルたち】を厳しく殴りつけていたなと思い出す。


 こうしていても何も分からないと判断した僕は、その男に何があったのかを尋ねる。


「すいません。何かものものしい雰囲気ですね。どうかしましたか?」

「おおっ、お前たちは……」


 すると、僕とブランの姿を認めたゴメスさんが、泣きそうな顔しながら、これまでに何があったのかを説明してくれた。


 そこで判明したのが、大森林中層において、深層の魔物である【蝎獅マンティコア】が出没し、そこに立ち入ってしまった【神旗の約定】と、彼らに指導を受けていた新人冒険者【軌道の戦士】が出遭ってしまったこと。

 さらに、逃走している途中で【軌道の戦士】と逸れてしまったこと。

 そしてそれを聞いた【反逆の隻眼ルルたち】が【軌道の戦士】を助けに向かってしまったことだった。


「俺たちも追いかけたのだが、途中で魔物の襲撃に遭って見失ってしまったんだ」 

「闇雲に探しても埒が明かない、ということですね」 

「ああ、だからこうして助けを求めに来たのだが、誰も彼も腰抜けばかりで」


 そう言ってゴメスさんがギルト内にいた冒険者たちを睨みつける。

 すると、酒瓶を片手に酔っ払っていた男から厳しい声が上がる。


「だいたい【蝎獅マンティコア】相手に命を張れるかよ」

「だが、こんな時だからこそ……」


 ゴメスさんが男に反論しようとすると、堰を切ったように次々と罵声が飛ぶ。


「自分だって【蝎獅マンティコア】を相手にするのには力不足だと思ったんだろ!」

「だから、帰ってきたのよね?」

「そもそも、Bランク以上が遠征に出ていて、今は中層への立ち入りを禁じられていたのに、ソイツらは何をやってやがったんだ!」

「新人が粋がって中層に入り込んだって聞いたぞ」

「それなら、自業自得でしょ?」

「それよりも、アンタらのとこの新人だって、この広い大森林で逸れた者を見つけられるはずかないって」

「そうそう、カッコつけて出ていったはいいが、見つけられずに返ってくるのがオチだ」


 そんな笑い声が上がる中、ソウシがポツリとこぼす。


「…………分かるよ」

「えっ!?」


 思わず聞き返した僕に、ソウシが腰のポーチから小さな片眼鏡モノクルを取り出す。


「【妖精の粉】の片眼鏡モノクルかな?」

「そう…………」


 【妖精の粉】とは、裸眼では見えない光る粉のことだ。

 腰につけた小瓶から少しずつ粉が地面に落ちていき、これを事前に魔力を同調させた片眼鏡モノクルで見れば、ほんのりと光を放つので、それさえ辿れば、自分がどう歩いてきたかが分かるという代物だ。


 だが、それは迷路状になっている迷宮ダンジョンを攻略するには役立つが、太陽の位置で自分がどこにいるかが分かる大森林ではあまり重用されてはいなかった。


「昨日、ノアが持ってきて、俺とルルに渡したんだ『明日は中層に行くから、その証拠に』って……」

「どうしてそんなことを……」

アイツノアは、おれたちが兄貴に言われて稼いだ額で競うことを止めたんで、面白くなかったんだ。だって、今までだって一番稼いでいたのはアイツらだったし……。でも、もうそれをやらないって言ったら向上心がないって……。だからケンカになったんだ。しばらく、口を利いていなかったんだけど、昨日、突然やってきて『明日は先生に中層に連れて行ってもらえる』って喜んでて……。これはその証拠だからって……」


 そう言って俯くソウシ。


「バカがひとり、自己顕示欲に囚われただけ…」

「うん、そうだね。しかも、仲間をも危険に晒してしまうことになったか……」


 ブランが辛辣な言葉を吐く。

 【軌道の戦士】たちには思うところがあるのだろう。

 あれほど指導に誘ったにも関わらず、頑なに聞き入れずにこのザマだ、と。


 そして、結果的にその行為が、【反逆の隻眼ルルたち】を危険に誘うキッカケとなってしまったワケだ。


「アイツら……。だが、そんな手があったならどうして……」

 

 こちらでは、自分たちにどうして教えてくれなかったのだと、思い詰めるゴメスさん。

 おそらくは、尊敬する師匠たちを自分たちのワガママで死地に連れて行きたくはなかったんだろうな、とは何となく思えるが、そこは両者でハッキリさせるべきことだと考え直し、黙っておくことにする。




「『中層に連れて行ってもらう』と言ったか?」


 するとそこへ、怒りを含んだ野太い声が届く。

 見れば、フルプレートアーマーで防備を固めたギルドマスターの姿が。


「はいっ!そ、そうです」


 突然現れた冒険者ギルドのトップの詰問に、背筋を伸ばして答えるソウシ。


「聞いてる話と違うな……」


 グスタフさんが、眉間に深い一本ジワを作りながらそうつぶやく。


「グスタフさん。その、カッコは……」

「高ランクがいないからワシが復帰するかと思ったんだが……。やることが出来たし、お主たちがいるなら……頼んでも良いか?」

「ええ、もちろん。今、調べたんですが、どうやら、【反逆の隻眼ルルたち】は中層に辿り着いた様子ですね。同じ場所に固まっていますので、そこに【軌道の戦士】たちもいるのかと」

「死んでいたりとかは……」

「小刻みに移動していますので、生きてはいるようですね」

「…………どうやってそれを知ったかは、聞いても教えてはもらえんのだろうな」

「ここは人目がありすぎますので」


 そう答える僕。

 何のことはない【探索サーチ】で、【反逆の隻眼】の連中の武器の位置を探しただけだったりするが、わざわざ手の内を明かす必要はない。


 こんなこともあろうかと、以前に【蒼穹の金竜】や【反逆の隻眼】の武器を修理したときに、ブランの指輪と同じような特徴的な波形を示す魔石を組み込んでおいたのだ。

 


「では、頼んだぞ。ワシはこの原因を作った者どもを問い詰めねばならない」

 

 そう言って、身を翻すグスタフさん。

 うん、【軌道の戦士】たちが暴走して中層に立ち入ったのではなく、指導すべき立場の者が率先して中層に入ったってことが分かったからね。


「じゃあ、ブラン」

「ん」


 僕が【転移門】と名付けたどこで○ドアを無詠唱で顕現させると、ゴメスさんたち【豊穣の大地】の面々がやって来る。


「これが噂の転移というものか?頼む、俺たちも連れて行ってくれ。アイツらはこの拳でぶん殴ってやらなければ……」

「…………ほどほどにして下さいね」


 何度も人前で使っているから、転移門を出してもあまり驚かれることがなくなってしまったのが少し物足りない。


 そして、ゴメスさんの頼みに苦笑を浮かべて同行を許可する僕。

 あ〜あ、アイツらルルたちは助かっても痛い目を見るだろうな……。


 そんなことを思っている僕の背中に、決意のこもった声が投げかけられる。


「兄貴!お願いします。俺たちも……。俺たちも連れて行ってくれ!」

「えっ!?」

「ん?」


 そこには【蒼穹の金竜】の面々。


 ブランが余計なことをするなと睨みつけるも、彼らは引かない。


「頼むよ。俺たちも仲間のために何かをしたいんだ」

「そのとおりだ。このまま、ここで待っているだけじゃダメだと思う」

「そう、お願いします」

「何があっても文句は言わないから……」


 ブランのプレッシャーに冷や汗を流しながらも、必死で自分の意見を述べるソウシ、カズキ、カノン、マヤの4人組。


 ずいぶんと成長したもんだと思う。


 最初に出会ったころとは大違いだな。

 僕は口角を上げると、少しは頼もしくなった弟子たちに告げる。


「勝手な行動はするなよ」  

「「「「はいっ!!」」」」


 その返事を背に、僕は転移門を開くのであった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


長くなり過ぎた……。


モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。


更新は三日後を目安に……。

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