第144話 死之女神(ワルキューレ)

 冒険者ギルドの最強戦力である【調律師(チューナー)】

 それは、ギルドに仇なす者を【不協和音ノイズ】と称して排除する暗部である。

 それは言うならば、ギルトの正義の最後の砦である。


 正義を成すために、その構成員には隔絶した能力が求められる。

 具体的には、冒険者ランクB以上の実力が必要とされていた。


 そして、その一員であるリリーもまた、たいていの冒険者を軽くあしらえるほどの実力は有している。

 だが、調律師チューナーの任務としての特性上、その能力は対人戦闘にのみ特化しており、こと魔物との戦闘においては、やはり普段から魔物と鎬を削っている冒険者たちに一歩譲る点は否めない。


 それ故に、リリーが【軌道の戦士】を逃がすわずかな時間を稼ぐために、蝎獅マンティコアの注意を引いたことはまさに命がけであった。


「ハァハァハァハァ……。やっと……やっと撒いた……」


 一歩間違えれば即死という究極の鬼ごっこを耐え抜いた彼女は、倒れそうなほどに疲弊していたが、ここで立ち止まるわけにはいかないと、【軌道の戦士】たちの痕跡を辿る。


(逃げるのに足跡の隠蔽もしなければ、手折った草木もそのまま…………いったい何を学んでいたのやら……)


 こんなに簡単に経路を追うことが出来るようでは、少なくとも調律師自分たちから逃げることはできないだろうなとため息をつくリリー。

 自分たちですら分かるのだから、それ以上に感覚の鋭い上位の魔物たちから逃げおおせることなどは不可能だ。 

 蝎獅マンティコアを遠くまで引き離した判断は正解だったなと胸を撫で下ろす。



 そして、その程度の指導しかしていない者たちを、こんな場所まで連れてきた【神旗の約定】の連中には殺意すら覚える。


(それも全ては……)


 自分が見聞きしたこの状況を持ち帰りさえすれば、【神旗の約定】を弾劾するには十分。

 彼女は、外道冒険者たちに然るべき報いを味わわせることを決意するのであった。


          ★★


 リリーが【軌道の戦士】の痕跡を辿ると、とある洞窟に辿り着く。

 だが、その洞窟周辺には他の魔物の姿はなく、洞窟に入ってすぐの場所に多量の血痕と争った形跡があった。


(それなりに強力な魔物の狩場…………まさか、こんなところに入り込んではいないでしょうね)


 嫌な予感を覚えたリリーが洞窟の奥深くに進むと、そこには人の背丈ほどの魔物の躯が転がっていた。


「…………これは」


 リリーが驚くのは無理もない。

 そこに転がっていたのはグリルス――――大森林中層でも上位の存在であったのだから。


(手練の冒険者でも救助に来たの?)


 一瞬、そうは思ったものの、グリルスの傷を見るとそこまで洗練されていない。

 言うなれば、必至に食らいついてようやく倒したという感じか。


(たまたま他の冒険者と出会ったの?とにかく、これで少しは生存の可能性が出てきた……)


 リリーは一筋の光明に期待を抱くと、洞窟の入口まで戻り注意深く周囲の状況を確認する。


 するとそこに、技術的にはまだ足りないところが多いものの、丁寧に足跡を隠そうとしている痕跡を見つける。


(これね。お願い、無事でいて……)


 こうしてリリーは、祈りを捧げつつ、それまで以上に念入りに痕跡を辿るのであった。


          ★★



 そして、痕跡を辿って大森林の浅層まで戻って来たリリーは少しだけ安堵する。

 

(浅層に入れたか。ここからなら、そう強い魔物はいないはず……)


 それがフラグであったかは知る由もないが、ついに【軌道の戦士】たちに追い付いたリリーは、そこでありえない光景を目にすることになる。


(嘘……………………)


 そこでは、【軌道の戦士】ばかりでなく、彼らと同年代の少年少女たちが倒れており、今まさに、蝎獅マンティコアに喰い殺されそうになっている状況であった。


(どうして……)



 ここまで逃げてきたのが、【軌道の戦士】と同年代の少年少女たちだけであったこと。

 深層の魔物である蝎獅マンティコアが、浅層にいること。

 その蝎獅マンティコアが、少なく十頭はいること。


(何故こんなことに……)


 そんな、ありとあらゆる状況が、リリーには理解できなかった。


(でも………!)


 そんな、異常な状態ではあったが、彼女は躊躇することなくその身を蝎獅マンティコアの前に晒し、少年少女たちのもとに駆け寄ることを選択する。


 袖に隠した暗器を投げつけ、少年少女たちのそばにいる蝎獅マンティコアを牽制しつつ、何とかして引き離さねばならないと。


「こっちだ!こっちにいるぞ!」


 リリーが、そう怒鳴りながら近づいていくと、ちょうど大口を開けていた一頭の蝎獅マンティコアがリリーの姿を認め、その獅子の顔にニヤリと笑みを浮かべる。

  

 まるで、やっと来たかと最初から待ち構えていたかのように。



 そして、その不敵な笑みを見たリリーは全てを悟る。


(そうか、コイツは最初から私を追いかけながら、仲間も呼んでいたのか……。おそらく、あの場ではもっとも厄介な者を引き離し、ゆっくりと獲物を狩るため……。そして、私のことも……)


 そこまで理解したのであれば、リリーはさっさとひとりで逃げて、これまでの経緯をギルドに報告すべきであった。

 だが、自分の半分ほどの人生しか生きていない少年少女たちが、目の前で殺されそうになっていて、それをやり過ごすことなど出来なかった。


 甘いと言われれば反論すら出来ない行為だ。

 それでもリリーは、少年少女たちを見捨てることは出来なかった。

 それは、受付嬢として、少年少女たちの成長を見続けて来たこともあった。

 情に絆されてしまったのだ。

 


 駆け寄りながらリリーは考える。

 先程は【軌道の戦士】たちが逃げる時間を稼ぐためにと力を制限していたが、今ならば一矢を報いることくらいならば可能。

 出来ればこの包囲網に穴を開けて、少年少女たちを逃がせれば……。


 そんな思惑のリリーであったが、少年少女たちの直ぐ側にいる蝎獅マンティコアたちに肉薄することは出来なかった。


 突如として左右から同時に現れた蝎獅マンティコアに、すれ違いざまに攻撃を受けたがために。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 悲鳴を上げて地面を転がるリリー。


 彼女は2頭の蝎獅マンティコアから、その蠍の尻尾を突き刺されたのだった。

 蝎獅マンティコアの毒は、肉を腐食し骨を溶融させるほどに強力なもの。


 その結果、彼女の左肩から先と、右の太腿から先が腐り落ちて失われる。


 気が狂いそうなほどの痛みを味わいながら、転げ回るリリーに、先程不敵な笑みを浮かべた蝎獅マンティコアがゆっくりと近づいてくる。


(ああ、マスター、申し訳ありません……)


 リリーが死を覚悟したとき、視界の隅に光る扉があることに気づく。 


 …………はぁ?


 死が目前に迫っている状況であったが、その場違いで、あまりにもわけの分からない状況に言葉を失う。


 同様に多くの蝎獅マンティコアたちも、その扉に意識が奪われる。

 目の前の蝎獅マンティコアですら、大きく振り返っている有様だ。


 そこに現れたのは、豪華な造りの木製のドア。


 それが、倒れている少年少女たちと蝎獅マンティコアとの間に、ポツンと存在している。


 いったい何があったの?


 おそらくは、人も魔物も問わず、その場にいる者すべての共通認識であったろう。


 ――――――やがて、扉が開く。


 

 そのとき、リリーは見た。

 光あふれる扉からい出て、白く輝く髪をなびかせつつ、宙を軽やかに舞う少女の姿を。


 その身体を纏う白銀の鎧は陽の光を反射して、神聖な輝きを帯びているようにも見える。

 少女が両手に持った光る槍を投げつければ、2頭の蝎獅マンティコアの眉間に突き刺さり、一瞬にしてその生命を奪う。

 そして、飛び出した勢いのまま、現れた少女はリリーの眼前にいた蝎獅マンティコアを蹴り上げる。


「キャイ〜ン」


 子犬のような鳴き声を上げて、森の奥まで飛んでいく蝎獅マンティコア



 その少女がリリーを庇うようにその目の前に降り立つと、その神々しい姿に涙が溢れてくる。


 そしてリリーは、その背を見つめながら思わず感謝の言葉をこぼすのであった。


「ああ、麗しき死之女神ワルキューレ。お力添えを感謝いたします」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


待たせたな鬱展開は終了だ。


ようやく、ここまで辿り着いた。

そして死之女神ワルキューレの正体とは?


次の更新をお待ち下さい。

三日後くらいです。



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