第50話 瞬間移動(しゅんかんいどう)

 ゲオルクが余計なことを言うから、ブランが怒っちゃったじゃないか。


 まあ、まさか実の娘が仮面を着けて、人助けをやっているとは思わないだろうから、敵と見なした仮面騎士に文句を言うのも仕方ないだろうけどさ。

 何とも間が悪いというか、運が悪いというかね。


 それにしても、こんなに不機嫌なブランもなかなかないことなので、早めにフォローしとかないと、後々まで長引きそうだ。


 ウチの相棒は、はにかんだように笑う姿が最っ高にカワイイのに、このままじゃダメじゃないか。

 ブランにはいつも笑っていてもらいたいから、ここはひとつ機嫌を直してもらいたい。

 そこで僕は、なにか美味しいものでも食べれば機嫌でも良くなるだろうと考えて、ブランに今、何が食べたいかを尋ねる。


「マヨから」 


 すると、ブランは間髪を入れずにそう答える。

 僕の意図を分かってくれたのか、多少無理をしてややぎこちなく微笑みながら。

 そんなブランをたまらなく愛おしく感じた僕は、さらにサービスすることにする。


「よし、デザートもつけちゃる」

「やった。じゃぁプリン」 

「分かった。任せて」

「うん。楽しみにしてる」  


 そんなやり取りをした僕は、メニューを考える。

 すると、多少材料が足りないかも知れない。


「う〜ん、ちょっと卵が足りないかな?マヨネーズもそろそろ尽きそうだし、【商会】にでも行こうか?」

「商会って、クレスのとこ?」

「うん」

「あまり行きたくないけと……」 

「卵がちょっと足りないし、マヨネーズも補充しなきゃ」

「むむむむ……」

「ほら、行くよ」

「あっ、ちょっと待って」

  

 こうして僕たちは、とある商会に向かうことにしたのであった。



 僕の部屋に着くと、僕は【転移メタスタシス】の魔術を展開する。

 すると、目の前に光に包まれた扉が現れる。

 その扉を抜ければそこはもう目的地だ。


 誰だ【どこで〇ドア】だって言うやつは?

 この世界に青い猫型ロボットはいないのだからセーフ。

 …………セーフということにしておいて欲しい。


 光の扉をくぐった僕たちは、あっという間に数キロもの距離を移動する。

 そこは、領都の一角にある目的の商会の一室だった。


 決してハデさはないが、ひとつひとつが落ち着いた、いわゆる品の良い調度品が並ぶ応接室であった。


「なっ、何者だ!キサマらは!」


 すると、突然現れた僕たちに驚いた貴族風の男が声を荒げる。


「あっ、商談中だった?ゴメン」  


 貴族風の男の対面に座っている栗毛の髪の優男――【クレス・フォン・フォティア男爵】に謝罪する。


「いえいえ、問題ありません。こんなクソみたいな商談はさっさと断るつもりでしたから」

「なっ、何い?おい、キサマ。子爵家の者であるこの私になんて口を利くんだ。金で買った男爵風情がイキがるのも、いい加減にしろ!」

「おい、お客さんがお帰りだ」


 クレスが声をかけると、いかつい男たちが応接室に乗り込んでくる。


「へ〜い」


 そう言ってやって来た男たちは、貴族風の男の他に僕たちがいることに気づくと、最初に驚いて固まり、すぐに深々と頭を下げ始める。


「「「アル様、ちゃ〜ッス」」」 

「「「姐御、今日もお綺麗でッス」」」 

「ああ、久しぶり」

「ん」


 世紀末のザコ敵みたいな格好の男たちが、一糸乱れぬ姿で挨拶をしてくる光景はかなり混沌カオスな状況だが、もう慣れてしまった僕たちは、驚くことすらなく軽く手を上げて挨拶を返す。


 すると、僕らが顔見知りだと理解すら出来ない部外者がひとり喚き散らす。


「おい、貴様らは何をしている?さっさと、そこの小僧らをさっさと摘み出せ!」  

「ああん?」

「今、子爵家の者である私と商会主との商談中だ。そこにいるのは乱入者だぞ!」い


 自称子爵家の者が空気を読まずに金切り声で怒鳴りつけると、いかつい顔の男たちはさらに凄みを増して振り返る。


「ああああああああ〜ん?」

「おう、テメエ何言ってやがんだ?」 

「アル様を摘み出せだと?」  

「姐御の怖さを知らねえのか?」

「やんのかオオ?」

「ぶっ殺すぞ!テメエ!」


 ザコ敵姿の用心棒たちは、たちまち自称子爵家の者を取り囲むと、至近距離から舐め上げるようにガンを飛ばす。


「ひいいいいいい。なっ、何なんだお前ら!おっ、俺は子爵家の者だぞ!」


 冷や汗をかきながら猛抗議をする自称子爵家の者。

 そこにクレスが近づくと、やにわにその男の前髪を掴んで真上に引っ張り上げ、自分と目線を合わせるようにする。


「おう、このペテン師野郎!いい加減にするのはテメエだ!子爵家だぁ?貴族の肩書に俺らがビビると思うのか?こちとら元はスラムの住人だ!」

「ひっ、ひいいい!」

「しかも持ってきた商談が、ウチの大切な商品を優先的に卸せだぁ?」 

「こここ、こっちは爵位が上だぞ。大人しく従えばいいんだ!」

「爵位云々を言い出すなら、こっちはシュレーダー辺境伯様と教会の庇護を貰ってんだよ!」

「なっ!」

「しかも、ウチの恩人にフザけた態度を取りやがって!ブッ殺すぞ!」 

「ひいいいいいいいいい!」


 優男の先程までの柔和な笑顔とは一変した凄みに、自称子爵家の者が腰を抜かす。


「おい、このクソ野郎を叩き出せ!」

「「「へい!」」」


 豹変したクレスの命令で、周囲のいかつい顔の男たちが、男を持ち上げると部屋の外に出て行く。


「なっ、何をする!貴様ら無礼だ!どうなっても知らんぞ…………………………」

「おい、そいつの口を塞げ」

「いっそバラすか?」

「おい、もうスラムじゃねえんだぞ」

「悪りい。アルフレッド様や姐御への態度を見てたらついカッとなっちまった」 

「俺もそうだがな」

「違げえねえ」

「なぁに、死ぬよりも恐ろしい目に合わせてやりゃあいいだけだ」

「そりゃあいいな」 

「ガッハッハハ」

「ん〜ん、ん〜ん!」 


 大丈夫か、アイツら?

 ちゃんと手加減できるんだよな?


 な?


 僕が連れ去られた自称子爵家の者を哀れに思っていると、入れ替わりにクレスと同じ栗毛の女性が部屋に入って来る。


「ちょっとお兄ちゃん、今のって、大きな商談だって豪語してた人じゃ……ない……ア、アルフレッド様ぁ?キャ~、お久しぶりです~」 

「クレア、久ぶっ……」


 久しぶりに会ったクレアは、もうすっかり大人の女性の雰囲気を醸し出しているのにもかかわらず、僕を見るなり子供のように抱きついてくる。


 こらこら、はしたないのでやめなさい。

 

「ああ、アルフレッド様の香りです〜。んふ〜」


 なんか淑女らしくない言葉が漏れてるが大丈夫か?

 僕は傍らで苦笑いを浮かべているクレスに何とかするようにと目で訴えるが、ヤツは笑みを浮かべながら肩をすくめて首を左右に振る。


 どうにもならないってど〜ゆ〜ことだ?

 おい、何とかしろよ。


 すると、ウチの相棒がすかさずクレアを引き離す。


「クレア。ダメ。それは私の」


 誰の?


「ええ〜、ブランちゃんはいつもアル様を独り占めしてるんだから、少しぐらい良いじゃないですか」 

「それはそれ。早く放す」 

「え〜、せっかくなんですからもう少しだけ。ん〜、お日様の匂いがします。はぁ〜、癒やされる〜」

「ほら、離れる。変な臭いがつく」

「あっ、ああああああああ〜」


 そうして、無理やり引き離されたクレアの寂しそうな悲鳴が、部屋にこだまするのであった。




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