第51話 営業戦略(えいぎょうせんりゃく)

 僕の目の前にいる【クレス・フォン・フォティア】は紛れもなく【男爵】位を叙爵されている。 


 二年前まで、スラムの一角で残飯を漁っていた彼らがである。



 当然ながらここに至るまでには、いろいろな紆余曲折があった。

 簡単に話せば、主に食料品や調味料を扱う商人として身を立てた彼らが、国王陛下に見出されて爵位を授かったのだった。


 僕とブランは、クレスたちと知り合ってすぐに、彼らにとある提案を持ちかけた。

 それは、魔術の実験台となること。


 もちろん、人体実験の被験者になれだの、魔術の的になれだのと言った非人道的な扱いではなく、僕のとある説を裏付けるための協力をねがったのだった。


 ―――イメージを練ることさえ出来れば、平民であっても魔術が使えるか。


 そんな自説だった。

 

 結果的には、体内の魔力操作さえ出来れば、どんな人間でも魔術は使えた。



 それでも、使える魔術は多くて二種類。

 たいていが、たったひとつの魔術しか使えなかった。


 これは、今後の研究次第だが、どうしてかスラムの子どもたちは唯一無二の魔術だけしか使いこなすことができなかったのだ。


 イメージするのがそれほど難しいのか、あるいはそれ以外の何かか?

 これは、僕とプレセア先生の今後の研究課題となった。


 とにかく、スラムの子どもたちが魔術を使いこなすことができたので、僕は彼らを全て取り込むことにした。

 いわゆるお抱えだ。


 これは情報を外に漏らさないためと、魔術が使えるようになった者を無秩序に外に出さないための策。


 そこで、商人を希望するクレスに商会を立ち上げさせ、魔術が使えるようになったスラムの子どもたちをそこで全て採用したのだ。


 当然ながら商会が波に乗るまでは、僕が裏からフォローはしまくった。

 従業員には四則演算を叩き込み、ブランに不快な思いをさせないために、毎日風呂に入ることを徹底し……。

 

 ここまで来るのには、もう涙が出そうなほど苦労した。


 こうして、商会の下地は作った。

 

 次は、商品だ。 

 これについては、案があった。

 

 要は僕の前世の知識を総動員して、覚えている限りの料理や調味料を流通させたのだった。


 特に、クレスの妹のクレアの他にも数名の子どもたちが【浄化】の魔術を覚えたことで、生卵を使った料理を全面的に推すことにしたのだった。


 ただし、ここでひとつの問題が起きる。

 プリンにしてもマヨネーズにしても、そう難しい料理や調味料ではない。

 このため、真似をされるおそれがあったのだ――生卵を使って。


 そこで僕は、この大陸中に多大な影響力を持つ組織に協力を仰いだ。


 そう、【教会】である。


 唯一神である女神を崇拝する【神聖教会】は国をまたいで存在する。

 

 そこに、サルモネラ菌を含めた生卵の危険性を訴えるとともに、プリンのレシピを公開したのだった。


 浄化されていない生卵が危険であることを、大陸中に広げてもらうとともに、教会の作るプリンを通じて生卵のポテンシャルも知れ渡ることになったのだ。


 当初、プリンのレシピを公開することをクレスたちに止められたのだが、という括りがある以上、実質的に作れるのは、高い金を払って浄化をする教会勢と、自前で浄化の魔術を使える者を抱える当商会のみ。

 いわば、ほぼ独占状態である。


 しかも、教会側は貴族や裕福な商人たちをターゲットとした高級志向。

 こちらは、庶民的志向と棲み分けも完璧。


 ついでに教会に後ろ盾になってもらい、うちの生卵はきちんと浄化してあるとのお墨付きまで受けたことで、大陸中への宣伝に繋がった。


 そうなれば、取り引きが増えて商会が大きくなっていくのは自明の理。


 最終的には、父さまを通じて国王陛下にプリンやマヨネーズ等の生卵を使った品々を献上したところ、期限までに指示された金額を売り上げることができたなら、叙爵してくれるとのお言葉を得たわけだ。


 まさか、売り上げを達成した結果、男爵位をもらえるとは予想外であったが。



 こうして、クレス・フォン・フォティアは男爵位を得た。

 そして、【フォティア商会】は王国有数の商会と認められるまでに至ったのであった。


  

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