第49話 灯台下暗(とうだいもとくらし)
スラムの大掃除が行われた翌日、僕とブランは厩で馬の世話をしていた。
「【くがね】も【しろがね】も昨日はありがとうな」
「報酬。よく食べる」
【くがね】が【
一方で【しろがね】は【
こちらも、今は単なる白い毛色の猫にしか見えない。
麒麟も騶虞もまだ幼いために、僕たちが魔力を分け与えなければ、本来の姿に戻ることが出来ないのだ。
この二頭は、大森林内で親からはぐれたものを僕らが保護したものであった。
普段は単なる馬や猫にしか見えないので、これ幸いと厩で飼うことにしたのだ。
もちろん、このことについて城内で知っているのは僕とブランの他にはプレセア先生くらいか。
そんな風に、くがねたちの世話をしていると、徹夜明けのゲオルクが帰ってきたところだった。
あの後、かなりの数の不穏分子が捕らえられたらしく、結局ゲオルクたちは完徹だったと聞いていた。
「おはよ。お疲れさま〜」
「……はよ」
自分の馬を厩舎に連れてきたゲオルクは、目の下にクマを作ってフラフラだったが、ブランの姿を見ると急にテンションが高くなる。
「おおっ、愛しのブラン。今日も可愛いねえ〜」
「父さま、ウザい」
ゲオルクは、満面の笑みで両手を広げ、ブランを抱きしめようと近づいて来るも、ヒラリと娘に躱される。
「何故だ、ブラン!昔は『とうたま、おかえり』って自分から来てくれたのに……」
うん、その言い方が悪いんだと思うな。
年頃の子に、幼い頃の話なんてしたら恥ずかしくてたまらないはず。
そんなことばかり言ってるから、避けられるんじゃないかな?
「何だよ、アル。言いたいことがありそうだな?
」
「いや、別に……」
「ちょっとブランちゃんに、好かれてるからって余裕か?おい?」
ジト目で見つめていた僕に気づいたゲオルクが、やたらと絡んでくる。
不眠ハイになっているから、余計たちが悪い。
そういえばと、前世で火災現場を掛け持ちして眠れなかったときのことを思い出す。
人の生命財産に係ることだから投げ出すわけにはいかないし、立場や責任があるから弱音も吐けないし。
寝れないってなかなか辛いんだよね。
ちょっとはゲオルクの苦労が共感出来たので、少し優しくしてあげようかなと思った矢先、残念な言葉が飛び出した。
「俺たちはこの領地を守るために、日夜戦っているんだぞ!なあ、もっと讃えてくれても良くないか?」
「あちゃ〜、それを言っちゃったかぁ〜」
「何だよ」
「うん、ゲオルクたちが身を粉にして励んでくれているのは理解してるよ。でも、それを自分からアピールしちゃダメじゃないかな?」
「何い?」
「『オレって良いことしてるよだからもっと褒めて』ってカッコ悪いよ」
「なん……だと……」
「ドヤ顔でアピールするのがウザい。それなら、正体を表さない【
「ブランちゃん!?」
ブランは、ずっとウザ絡みの父親に怒っていたようで、ここに来てわざわざ仮面騎士を引き合いに出す。
こうなると、当然……。
「ブランちゃん、アイツらのことは評価してはいけません」
「何故?」
「だって、あんな顔を隠した奴らなんて、何を考えてるか分からないじゃないか?」
「でも、困っている人を助けているよ?」
「それだって、どんな下心があるか分からない」
確かに、無償で人助けなんて、この世界の常識ではあり得ないことなんだろうけどさ、最初からそんな色眼鏡で見られてるかと思うとさすがに落ち込みそうになる。
そんな僕の表情をいち早く見抜いたブランは、ますます父親に反抗する。
「父さまは、考え方が堅い」
「なっ!?」
「世の中には、無償で人に尽くす人がいてもいい……と、思う」
「でもね……」
お互いの立ち位置が違うのだから、いつまでも交わるはずがない会話。
このままだと、親子の仲が悪化してしまうと、僕は慌てて会話に割り込む。
「と、とにかく。任務の大変さはみんな理解してるんだから、変にアピールしない方が周りからも尊敬されるんじゃないかなってコトで終わりにしようよ」
「だがな……」
「ブランに嫌われるよ」
「うっ……」
「でも、仮面騎士が……」
「今日、プリンを作るから」
「分かった」
こうして、かなりの力技だが、何とか無益な言い合いを終わらせることに成功したようだ。
さてと、これで切り上げようかと思ったところで、ゲオルクが捨てゼリフを吐く。
「あの仮面の下の素顔なんて、きっと人に見せられないくらいブサイクに決まってる」
「……へっ?」
この脳筋は、何故ここに至ってそんな暴言をぶち込んでくるんだろう。
人助け云々についての話は終わったから、今度は仮面騎士そのものについての誹謗ってか?
傍で聞いていても、どれだけブランが仮面騎士に思い入れがあるのかすぐに分かるのに。
その話題がどれほどブランにとってデリケートな話題かってなぜ理解できない?
ここに来て蒸し返す必要がどこにある?
思わず、ゲオルクの頭に【雷鳴魔術】でも直撃させて、記憶をきれいサッパリ無くしてやろうかとの衝動に駆られる。
「きっと【オーク】みたいな豚面なんだぞ。ガッハッハ!」
勝ち誇ったように笑うゲオルク。
その正体はおたくの娘さんですが?
僕とブランの時間が一瞬止まる。
やがて、言葉の意味をよく理解したブランが顔を真っ赤にして、涙目でゲオルクに告げる。
「父さま、大っっっっ嫌い!」
「えっ?」
肩を怒らせて厩舎を出ていくブランを呆然と見送るゲオルク。
こうして彼は、余計なことを言ったばかりに、一週間以上もブランに口を利いてもらえなくなったのだった。
『口は災いの元』とはよく言ったものだ。
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