第48話 追奔逐北(ついほんちくほく)
スラムの実情を知るために潜入し、クレスやクレア兄妹と知り合って早二年。
できる範囲での改善を進めつつ、情報の収集を行ってきた結果、ここ数年来、他所からスラムに入り込んだ一部の者たちが領都【フレイム】の治安を悪化させていることが分かった。
そして、そいつらのバックには僕の父方の祖父でもある先代辺境伯の【ニクラス・フォン・ヴルカーン=シュレーダー】の姿が見え隠れする。
次男の魔術の才能に嫉妬して冷遇していたところ、逆に自分が当主の座を追いやられた男。
当人の領地運営は、先々代の遺産を食い潰した挙げ句、領民からも情け容赦なく絞り取る愚策を続けていたという。
未だに領民たちから『暗黒の時代』とまで呼ばれる統治時代であった。
そんな祖父に成り代わって当主となった父さんは、一応は実の父親であるために、裸一貫で放り出すことに多少の抵抗があり、王都の屋敷に追放するだけで済ませたという経緯がある。
息子の情で生かしてもらっているにもかかわらす、辺境伯に良からぬ考えを持つ者たちと手を組んで、父さんや辺境伯領の評判を落とすことに勤しんでいるらしい。
僕が『赤鳥』『南伯の無能』『シュレーダーの炎なし』と呼ばれるのも元はと言えば、この祖父が言い出したこと。
実際に火炎魔術が使えない僕自身がそう呼ばれるのは仕方のないことだが、それを父さんの権威を貶めるために利用しているのが許せない。
まさに老害。
そんなクソジジイの暗躍を潰すため、僕とブランは去年あたりから【
話は変わるが、スラムと辺境伯家とは、先代のころに結ばれた不文律の取り決めがある。
辺境伯家からはスラムへ何の支援もしない代わりに、一切の介入を認めない。
そんなふざけた取り決めだ。
父さんが襲爵した後も、一部のスラム民がこの取り決めを盾に、スラムの改善という介入を拒んでいたのだった。
いわば、領内に不発弾を抱えるような現状に、父さんは再三の介入を試みてきたものの、頑なに拒むスラム民たち。
そもそも、スラムが作られたのも奔放な領地経営をしていた先代辺境伯のころだ。
父さんは今でも、先代の負の遺産に悩まされているわけだ。
ところが、いろいろと情報収集をした結果、介入を頑なに拒んでいるのは、他所から入り込んだ者たちだけだと判明した。
要は辺境伯領の治安を悪化させたい者たちだけが、頑なに介入を拒んでいるだけだったのだ。
そりぁ、わざわざ治安を悪化させに来たのに、自分たちの潜伏場所を無くされたのでは、困るからってことだろう。
いや、お前らは好き勝手に来て、あとは出ていくだけだから構わないだろうが、そこで過ごす人はいつまでも苦しまなきゃならないのかと怒りがこみ上げてきた。
こうなったら、徹底的に不穏分子を排除しようと決めた僕たち。
そこで今日は、こうしてわざわさスラムで大騒動を起こした訳だ。
一見して、この取り付く島もないような取り決めだが、ひとつの抜け道がある。
つまり、スラム内で辺境伯領に危害が及ぶような事件が起きたと思われる場合はこの限りではない。
具体的に言えば、大きな火事や
そう、爆発が起きれば、領軍が大々的に介入が可能なのだ。
先程から名乗る度に、うるさいくらい魔術で爆発をさせていたのはこのためだったのだ。
ちなみに、僕のイメージする爆発は火を伴う爆発ではなく、水素や粉塵による爆発をイメージしている。
あまり火が使われない方を選択したのは、僕の心の安らぎのためだと思って欲しい。
こんなところで、前世の消防学校で学んだ知識が生かされるとは思わなかったけど。
スラムの悪人どもを白い仮面のブランがボコボコにしていると、ついに領軍かやってきた。
「待てえええ
領軍の先頭を走るゲオルクは、白い仮面姿のブランを見つけると大剣を振り回して肉薄する。
それを上体をそらして紙一重で回避するブラン。
彼女は、僕と一緒に新しい理論の魔術に取り組んだ結果、詠唱破棄の魔術を使いこなせるようになっていた。
今では息を吸うように肉体強化の魔術を使っているので、相手が一流の剣士であるゲオルクと言えども後れを取ることはない。
「ええい、ちょこまかと!」
「剣が止まって見えるから仕方ないな」
苛立つゲオルクを煽るブラン。
どうしてこんな時ばかり饒舌なのかな?
僕はふたりの戦いに気を取られている領軍兵士に、何をすべきか教えてやることにする。
「領軍兵士諸君、こんな夜中にご苦労さまだ」
「んだとぉ!」
「正義の味方気取りか!」
「このクソチビが!」
僕って、君たちの領主の息子だよ。
あんまり、言われると泣いちゃうよ。
思わず泣きそうになるが、気を取り直してすべきことをする。
「私たちに固執する前に周囲をよく見よ!」
「何い!」
「そこにはか弱き女性がいるぞ。そして、そこらへんにはそれを襲おうとした下衆も転がっている」
「!!」
「一隊は、女性の安全を確保しろ!他の者は男どもを捕捉しろ!」
すべきことを理解したゲオルクの副官である豹獣人の【セーラ】さんがそう指示を出す。
「お前たちは正義を行使しているつもりかも知れんが、やっていることは騒乱罪だ!」
「確かに耳が痛いが、こうして君たちの手が回らないところを補っているとは思わないのかね?」
「領の治安維持は我々の任務だ!」
「ならば、手の届かない場所は無くすべきだろう」
僕の言葉に、豹獣人のセーラさんが沈黙する。
「これはオマケだ」
そう言って僕は、紙の束をセーラさんに向けて放り投げる。
「それは、スラムの不穏分子の悪行だ。
その中身を見たセーラさんは、驚きに目を見開く。
そこに書かれていたのは、領軍がかねてから追いかけていた者たちの悪事の証拠と居場所であった。
「どうしてこれが……」
「経緯は不問だ。君たちはそれをどう使うかね?」
「くっ……。お前たち、男たちを取り押さえたら転身する。一隊、三隊はここで団長の裁を仰げ。残るは私に続け!スラムの大掃除を始める!」
さすが、セーラさん。
この場合にどう動くべきかを素早く判断し、次々と指示を出していく。
「礼は言わんぞ」
「ご武運を」
僕の横を領軍とともに駆けていくセーラさん。
すれ違いざまにそんな声をかけられたので、僕は仰々しく頭を下げる。
女性は無事に救助されたし、領軍をある程度誘導したので、僕たちのすべきことは終わった。
もういいよと呼びかけようとブランの様子を覗うと、そこでは今だにブランとゲオルクのじゃれ合いが続いていた。
「逃げてばかりで、何と卑怯な!」
領軍に手を出すと、いよいよ犯罪者になっちゃうからね。
「そんな戦い方を教えた、親の顔が見たいわ!」
それはあなたです。
ツッコミどころがたくさんの親子の戦いだが、そろそろ帰りたい。
まだまだお子様なこの体は、夜ふかしが辛いんだ。
「ブ……、いや、ホワイト帰るよ」
僕がそう呼びかけると、ブランはひらりとゲオルクの大剣を躱す。
その勢いで、宙を舞う聖獣【
同様に僕も【
「くそっ!白仮面、逃げるのかあ!」
ゲオルクが飛んでいる僕らを見上げて怒鳴っている。
すると、ブランが煽りながらその場を離れる。
「あ〜ばよ、とっつぁ〜ん!」
うん、自分の父親に対してその言葉は間違ってはいないな。
でも、そのセリフは正義の味方じゃなくて、大泥棒のセリフなんだけどなぁ……。
こうしてルパ……否、
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