第2話 現状確認(げんじょうかくにん)


 頬を伝う涙を感じて、僕は目を覚ました。

 紅葉のように小さな手で頬を拭えば指先が涙で濡れた。


 身体を起こして周囲を見回せば、天蓋付きのベッドに、豪奢な調度品が置かれた部屋。


 それが僕の部屋だと気づく。

 

(僕は転生したということか……)


 このとき、ようやく前世の記憶と現在の記憶が結びついた。


 僕は、前世に比べればはるかに小さくなった自身の両手を見つめると、自分の置かれた環境を思い返す。


 僕は【アルフレッド・フォン・ヴルカーン=シュレーダー】5歳。

 王国南方の雄、シュレーダー辺境伯家の嫡男だ。


 シュレーダー辺境伯家は代々、火山という意味の【ヴルカーン】を姓に持つ。


 それは、王国内では比肩なき火炎魔術を駆使して、王国南方の国境を守護してきた証だ。


 ゆえに、辺境伯家の代々の当主は、高いレベルで火炎魔術を使いこなすことを求められていた。


 

 しかし、僕は数日前に父親が放った火炎魔術を見て火に対するトラウマが発症し、突然倒れてしまったようだ。


(そして前世の記憶を取り戻して、今に至るってか……)


 現状を把握した僕は、倒れた自分の弱さに気を落とす。


(炎を見て倒れるなんて、元消防士なのに情けない)


 僕は深くため息を吐く。


(だが、それも仕方ないよな。何しろ前世での死因だからなぁ……)


 「トラウマ」それは心的外傷のことを指す。

 いわゆる「心の傷」だ。


 つまり、過去に肉体的あるいは精神的な衝撃を受けた事で、長い間それに対する強いストレスにとらわれてしまう状態のことを言う。


(まさか、前世の影響で炎に対するトラウマを発症するとはね……)


 僕が思い浮かべたのは、転生後の両親の優しい微笑み。


 両親は、決して僕を蔑ろにする事はないだろう。


 けれども、父親と反りの合わない祖父はどうか?

 炎を見て倒れるようでは、辺境伯家の当主となることはできないと大騒ぎすることは明白だ。

 前世の記憶がある今であれば、そのような考えはおかしいとすぐに分かる。


 炎の魔術が使えるかどうかよりも、民をきちんと守れる者が当主となるべきであろう。


 しかし、代々火炎魔術を駆使してきた名家というネームバリューも、対外的には必要なのだろうとも納得できる自分もいる。



 さてどうしよう……。


 そんなことを考えていると。


「アル、目が覚めた?」


 僕がベッドで身じろぎをした音を聞きつけて、部屋の扉が開く。

 部屋に入ってきたのは、クラシック風のメイド服を纏ったプラチナブロンドの美少女。

 その少女のアタマには、ちょこんとした三角形の耳があり、スカートからはフサフサの真っ白な尻尾がのぞいている。


 彼女は、僕のひとつ年上の幼馴染み兼専属メイド(予定)の【ブラン】だ。


 彼女は、ベッドで身体を起こしている僕を見つけると、一目散に駆け寄ってきて僕を抱きしめる。


「良かった。気がついた」

「ブラン、ありがとう」

「どこか痛いところある?」

「だいじょぶだよ」

「良かった。当主はあとで母さまとボコボコにしとく」

「ええっ!?」

「任せて」

「………」


 ムフーッと、拳を握りしめてふんぞり返る可愛らしい幼馴染みを、僕は苦笑いしながら見つめる。


 まあ、何はともあれ、僕の第二の人生はこうして始まったのだ。


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