第3話 残息奄奄(ざんそくえんえん)
「アル!」
そう呼ばれた僕は、前世の記憶を取り戻して早々、生命の危機に瀕していた。
前世から数えれば二度目の生命の危機だ。
幼馴染み兼専属メイド(予定)に呼ばれて来た、年齢20代前半の身なりの良い女性が、僕を抱き上げると、そのまま豊かな胸に押しつけるようにして抱きしめたのだ。
その女性は年齢は目鼻立ちがはっきりしており、輝く黄金の髪とスタイルの良さがその美しさをさらに際立たせている。
それが現世での僕の母親【アンネマリー】である。
彼女は、感極まったためか、僕を抱きしめる力がやたら強い。
(いっ、息が……)
そのため、僕は彼女の豊満な胸に押し付けられてしまい息ができなかった。
母性を感じさせるそのやわらかさに、このまま死んでしまっても本望だが、せっかく転生したのだからもう少し生きてみたいとも考える。
(焼死の次は窒息死……)
嫌な予感がアタマを過る。
僕はその短い手で必死にタップする。
ギブギブギブ……。
僕が母親の身体をペチペチと叩いていることに気づいた、メイド長の【ディアナ】が母親を制止する。
「アンネ、アルがまた死にそうになってる」
はっと気づいた母親は、慌てて僕を抱きしめていた力を弱める。
ぷはぁ~、ありがとうディアナ。
貴方は僕の命の恩人だ。
ディアナは白狼族の獣人で、ブランの母親だ。
ブラン同様にプラチナブロンドの髪で、平均的な人族の男性よりも背が高い。
一般的に、人族と獣人族の見た目はほとんど変わらない。
あえて挙げるなら、耳の位置や種族によってだが角の有無くらいだろうか。
中には獣の要素が強く出て、そのまま獣の頭部に人の身体といった者もいるが、こちらの世界ではひとつの個性として認められているため、迫害されるようなことはない。
かつては、僕の両親とブランの両親は冒険者としてパーティーを組んでいたようだ。
辺境伯家の次男だった父は、家を継ぐつもりがなかったので、気の合う仲間とパーティーを組んで冒険者をしていたらしい。
その後、跡継ぎの長男が急逝したせいで実家に呼び戻された父に請われる形で、ブランの両親は父に仕えることになり、ディアナはメイド長とになった。
ちなみに、彼女の夫も白狼族の獣人であり、現在は辺境伯軍の長である。
「ごめんね、アル。アナタが火を嫌っているのは分かっていたのに、あの人が火炎魔術を見れば治るなんて言うものだから……」
そう謝罪されるが、全て悪いのは父……いや、あの脳筋オヤジだ。
当時のコトを思い出す。
あの脳筋は、嫌がる僕を無理矢理に修練場に連れて行って、火炎魔術を放ってきたのだ。
思い出したらムカついてきた。
これは口調が荒くなるのも仕方ないな。
しかも、放たれたのは火炎魔術でも最上位の【八熱地獄】。
王国内でも放てるのは数えるほどしかいないという、魔術の中でも超絶技能を要求されるものだ。
第一獄【等活 (とうかつ) 】は無数の炎の玉を飛ばす魔術で、その玉の密度から、まるで炎の壁が迫ってくるようにも見える。
「どうだ、すごい魔術だろう」
そう満面の笑みで、嫌がる5歳児に魔法をぶつけやがった父改め脳筋オヤジ。
もちろん僕には多重結界が施され、魔術の威力も最低限に加減されてはいた。
だが、前世に炎の中で死んだ僕にとっては、威力だの当たる当たらないだのは関係ない。
炎そのものがトラウマを呼び起こすものでしかなかったのだから。
脳筋オヤジからしてみれば、一種のショック療法なんだろうが、さらに恐怖が増しただけだった。
恨んでもいいよね。
まぁ、そのおかげで前世を思い出せた訳だから、不幸中の幸いとも言えるかも知れないが。
いずれあの脳筋オヤジには、報いをうけさせてやりたい。
「とりあえず、ボコボコにしておいて、あと数日は動けなくしておいたから、赦してあげてね」
母親がそう言ってニッコリと笑う。
……脳筋オヤジは、すでに報いを受けていたようだ。
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