第23話 背信棄義(はいしんいぎ)

 廃坑の麓までは馬に乗って一時間ほどの距離だ。

 僕はエドガー先生と馬を並べて走らせる。


 季節は間もなく冬を迎える頃。

 身体に感じる風も刺すような寒さだ。


「馬に乗るとやっぱり寒いな」

「そうですね。ブランたちも寒い思いをしてるんでしょうか」


 行方不明になったブランたちのことを思うと、ついつい馬の速度を早めてしまう。

 そうなると自ずから寒さも厳しくなるが、そんなことに構っている暇はない。

 

 それにしても、前世では馬に乗ったこともないのに、今は5歳にもかかわらず、こうして問題なく馬を操ることが出来ている。

 こうして、前世の記憶にないことがすんなりと出来ると、記憶を取り戻す以前のアルフレッドとしての記憶も残っているのだなと痛感する。


「見えてきたあれだ」


 物思いに耽っていた僕は、エドガー先生の言葉に視線を上げる。

 そこには小さな石造りの建物が建っていた。

 廃坑を見張る兵士の詰所だ。


 兵士たちは数人で一組となり、廃坑に異常があった際には狼煙を上げて領都まで連絡をよこす手筈になっていると聞いている。


 少なくとも詰所には何人かの兵士が詰めているはずだが、こうして馬が近づいても誰も出てこない。


「誰もいないのかな?」

「どうだろうね。案外、皆殺しにされてたりして」


 エドガー先生が縁起でもないことを口走る。


「先生、さすがにそれは……えっ?」


 そう先生の軽口を戒めながら、詰所の扉を開けた僕はあまりの光景に言葉を失う。


 部屋の中は一面が朱に染まり、兵士と思われる死体が散乱していたのだ。

 見た限りでは、ほとんどの死体が背後から斬り付けられ、戦闘した痕跡は見られない。

 仮にも兵士という者たちが、一方的に斬られるなんてそんなことってあるのだろうか?


 僕が室内の状況に考えを巡らせていると、エドガー先生が僕の肩に手を乗せてくる。


「マジか……」

「先生、知ってたのですか?」

「そんなことあるワケないだろう。だが、いよいよ廃坑に何かありそうだ」 

「ええ、そのようですね」

「ここからは馬は使えない。歩きになるが大丈夫か?」

「問題ありません。行きましょう」


 僕は部屋の死体に手を合わせると、そのままにして詰所を出る。

 死んでしまった兵士たちには申し訳ないが、もう少しだけ時間をもらいたい。


 今は生きているに違いないブランたちを優先したいから。 


「坊ちゃん、何だそれ?」


 僕が手を合わせたことを不思議に思ったエドガー先生が僕に質問する。


「何だそりゃ?」

「ああ、謝罪したり、亡くなった人に対して哀悼の意を示したりするときに行う『合掌』です。東方にある国での習慣みたいですね」


 東方の国……あるのかな?

 とりあえず、前世の知識とも言えないため適当にごまかす。


「プレセアの教えか?変なことまで教えてるなぁ」

「いい先生ですよ。知識も豊富で」

「そりゃあ良かったな。なら早く見つけないとな。あんな格好でこの寒さじゃ長くは持たないぞ」

「とりあえず、彼らはこのままにして廃坑に向かいましょう」

「そうだな。行くぞ」


 こうして僕たちは廃坑に向かう狭い道を登り始めるのであった。


 待ってろブラン、プレセア先生。



 



 

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