第22話 阿爺下頷(あやかがん)
どれくらいそうしていただろうか、膝を抱えてずっと祈り続けて、数分とも数時間とも思われる時を過ごした。
僕の部屋の扉をノックする音で、現実に引き戻された。
「アル、夕食の時間」
いつもなら、そう呼びに来るブランの姿が目に浮かんだ。
何気ないことだけど、とても幸せな時間だったのだと今更ながら思い知る。
一瞬、ブランたちが見つかったのかと、淡い期待を抱いて扉を開けるが、そこにいたのは執事長のトーマスであった。
「……トーマス」
「お父上たちは捜索に向かわれました」
そこで僕は一連の経緯をトーマスから聞くことになった。
僕が剣術の訓練に入る前に、トーマスからちょっとしたお使いを頼まれていたブランはプレセア先生とともに街に向かったそうだ。
「街の外に出たとの目撃があり、お父上たちは外壁から外の捜索に向かわれました。主に荒野を探すようですね」
「そうか……いったいどうして」
何故、ふたりがわざわざそんなところに出向いたのかと思案に暮れる僕に、トーマスは続ける。
「実はですね、もうひとつ目撃証言がありまして……」
「えっ?」
「そちらは、廃坑で見たと言うものです」
「廃坑……」
辺境伯領には領都【フレイム】からそう遠くない場所にミスリルの廃坑がある。
先代辺境伯の時代、地竜【グリーンドラゴン】が住み着いて繁殖してしまったために廃棄せざるを得なかった鉱山の事だ。
先代辺境伯が早期に討伐することなく放置していたばかりに、みすみすと繁殖させてしまい、貴重な収入源を失ったのだ。
父さんが襲爵した際に、地竜を一掃する計画を立てていたのだが、危険性が高いと判断して監視するに留めている
増えた地竜が勝手に鉱山を掘り抜いて坑道を拡張したために、一種のダンジョンのようになってしまったのだ。
そんなところにブランたちが向かったとかは……。
普通に考えればあり得ないことなのだが、トーマスの言葉が僕の思考を狂わせる。
「私もそんな場所に行くはずがないとは思っているのですが、こうも見つからないと……。それにですね、廃坑を見張っている兵士からの定期報告も無いのです。何か起きているとは思いませんか?」
「誰かにこのことは?」
「閣下は既に捜索に出てしまいましたので……」
「じゃあ、誰かに確認に行かせては……」
「動ける者は既に送り出しております。私も城で後方の補助に就くようにと指示されておりますので……」
「なら僕が行く」
「なりません。閣下に部屋にいるようにと申し付けられたではありませんか」
「でも、誰も行けないなら僕しかいない」
「ですが……」
そんな時、僕の部屋の扉を開けてエドガー先生が入って来る。
「……先生」
「エドガー様、失礼ではありませんか」
「悪い。帰ってきたらプレセアやブランの嬢ちゃんもいないと聞いた。どうしたのかと思ってやってきたんだが」
「そうだ、トーマス。先生と一緒ならどう?」
「そうですね……エドガー様、お願いしてもよろしゅうございますか?」
「ああ、分かった任せてくれ」
そう力強く頷くエドガー先生。
こうして僕は、先生と一緒に廃坑を確認に向かうことにしたのだった。
帯剣し、身支度もすぐに整える。
ブランがいればもっと楽に着替えられるのにとも思うのは感傷的になっているのだろうか。
もしも廃坑にいるのなら、必ず助け出すと心に誓う。
「ねぇ、トーマス。どうしてわざわざこんな話を僕にしたんだい?」
出掛けに僕はトーマスに尋ねてみた。
そもそものきっかけは、トーマスが目撃証言なんてものを僕に話したことだ。
何か目的でもあるのだろうか。
「大人は子供に隠れて物事を進めたがるものです。しかし、子供と言えどもひとりの人間です。私は知らしめるべきことは教えておくべきだと思った次第です」
「そっか……ありがとう」
「いえ、余計なことを申し上げました。ご無事でお戻り下さい」
「行ってくるよ」
そう言って僕はエドガー先生とともに城を後にしたのであった。
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