第71話 千軍万馬(せんぐんばんば)

 修練場に入ってきたのは、小柄なエルフの弓師だった。


 ひとことで言えば快活そうな少女。


 だが、その姿は決して彼女か生きてきた歳月に比例はしていない。

 精霊種とも呼ばれるエルフは、長寿で知られている。

 その寿命は500年とも1000年とも言われているが、定かではない。


 実際、彼女も百年前の文献にその名を残しており、長久を生きる者として半ば伝説の存在である。


 血管が透けるほどの白い肌だが、病弱なものとは異なり生命力に満ち溢れ、新雪のような金髪と笹の葉のように尖った耳が目を引く。


 彼女こそが【神弓】の二つ名を持つSランク冒険者【カレナリエル】である。

 

 大陸でも片手で数えられるほどしかいない、Sランク冒険者。

 あまり世の中を知らない僕ですら、その名を知っている大英雄だ。


「姉御だ」

「お姉さまよ」

「遠征から戻ったのか」


 そんなつぶやきが観客席から聞こえる。


 彼女は、修練場の中央にいる僕とブランのもとに歩み寄ると、先程の戦いを称賛する。


「いやー、なかなか見ごたえがあったね。無詠唱に獣人の魔術師。これは、歴史が変わるんじゃない?」


 僕は圧倒的な強者の言葉に恐縮しつつも、礼を述べる。


「ありがとうございます」

「……どうも」


 ブランは僕の背中に隠れて、ちょこんと頭を下げる。


「アッハッハ。大丈夫だよ。別に取って食おうという訳じゃないんだよ。あっ、ボクはカレナリエル。カレンって呼んでよ」

「あっ、申し遅れました。僕がアルフレッド。こっちがブランです」

「ふーん、アル君か。アーサー君の息子がそんな名前だったよね。ブランちゃんはディアナの娘さんかな?」

「ええ、よくご存じで」

「そっかぁ、アーサー君たちもこんな大きな子の親になったんだねぇ。オバチャンも年を取るはずだよ」

「……アハハハ」


 女性に年齢の話はヤバい。

僕は元日本人として、得意技である愛想笑いで、その場を乗り切る。


「しかし【南伯の無能】だなんて呼んでたヤツは、今ごろどんな顔をしてんのかね?」

「えっ?」

「そりゃあ、そうだろう。歴史上、無詠唱の魔術師なんて存在しなかったんだ。それが自分たちが無能と蔑んだ者が歴史を変えたなんて知ったら、赤っ恥もいいところだろうさ」


 そう彼女が断言すると、ブランが僕の背後から前に出て、カレナリエルに深々とアタマを下げる。


「ありのままのアルを見てくれて、ありがとう」


 その言葉に、カレナリエルは一瞬驚くも、直ぐにニコリと笑ってちょっと背伸びをしてブランのアタマを撫でる。 


「ブランちゃんはいじらしいね」


そうです。

うちのブランは誰よりもかわいらしく、誰よりも優しいんですよ。



 しばらく僕らがカレナリエルと他愛のない話をしていると、例のメガネの受付嬢が恐る恐ると近づいてきた。


「カレンさん。お戻りになられたのですか?」

「ああ、リリーか。ちょっと問題があって戻ってきたんだ。そしたらバカどもが粋がってるって話だったんでね。軽く撫でてやろうかと思ったら、前途有望な少年にボコられてるじゃないか。笑いを堪えるのが大変だったよ」

「すぐに来てくれれば、こんなに心配しなくても良かったのに」

「まぁ、そう言うな。とにかく、新たな戦力が見つかったんだ。

「………ええ、そうですね」


 二人がそんな会話をしているのを眺めていた僕らは、あることを思い出した。


「そうだ。リリーさん。僕らは冒険者登録をしに来たんでした」

「あら、それではすぐに手続きをしますね」

「ありがとうございます。ところで、僕たちはCランクの冒険者を倒したんですが、何か特典なんかはありますかね?」


いっそのこと、Cランクからスタートなんてないかな?


「ありません。みなさん例外なくFランクからの出発ですよ」

「ハッハッハ、アル君、ブランちゃん。早くランクを駆け上がっておいで。待ってるよ」


 カレナリエルはそう言うと、ヒラヒラと手を振って修練場を後にする。


「あの人が冒険者の頂点か……強いね」

「うん」


エルフの弓師を見送った僕たちは、リリーさんに促されてギルドの受付に戻る。


「強いね」

「ああ、あの人がSランクの英雄」

「うん、そして他にも」

「さすが、冒険者ギルドだね。どこに強者が潜んでいるか分からないや」


 僕はブランとそんな話をしながら、僕たちを先導するリリーさんの背中を見つめるのであった。



        ★★★



「くそったれがぁ!!!」


 日が落ちた頃、冒険者ギルドから離れた場所にある酒場で、豚男ことゴリーユが飲んでいたエールのジョッキをテーブルに叩きつける。


 ここは、クラン【黒龍の牙】の本拠地である。


 そして同様に、本拠地に併設された酒場で荒れているのは、アルフレッドらに叩きのめされた面々。


「どうするんだ、なめられっぱなしのままで済ますわけにはいかんだろう」

「ああ、こうなりゃ、徹底的にやってやる。マフィアとも話はつけてきた」

「そりゃあいい。あの小僧の泣き顔が目に浮かぶな」

「となりにいた女は、あっしがもらいやすよ。殴り付けてヒイヒイ言わせてやる」

「お前も、たいがい変態だな」


 そんな下卑た笑いが響く酒場にひとりの女性が現れる。


「んぁ?受付の女じゃねえか」


 そこにいたのは、メガネをかけた受付嬢。

 リリーであった。


「何しにきた?」


 ゴリーユが訝しがって尋ねる。


「……後始末を」

「どういうことだ?」

「貴方たちは不要になったんですよ」

「なに言ってんだ、アマぁ!」


 クランのメンバーが、突然現れた受付嬢に殴りかかる。

 だが、その拳はリリーに届くことはない。


「は?」


 殴りかかった男が、腕の違和感を感じ手元を見ると、振り上げた腕が失くなっていた。

 ゴトリと音がしたので、足元を見れば肩口から切り落とされた自らの腕が転がっていた。


「うぎゃあああ!」


 殴りかかった男の叫び声で、酒場は騒然とする。


「何しやがる!」

「殺してやる!」

「うおおおおおお!」


 三人の男が武器を振り上げ、リリーに殺到するが、突然その動きを止める。

 次の瞬間、三人の首が転がり落ちる。


「ひゃああああ」

「逃げろ!!」


 一部の者がその場から逃げ出すも、その行く手には黒装束姿の男女が立ち塞がり、その命を刈り取っていく。


 その様子を見て、ゴリーユはある言葉を思い出す。

「【調律師(チューナー)】……本当にいたのか」


 調律師(チューナー)とは、冒険者ギルドの暗部と言われているが定かではない。

 ギルドというオーケストラの調和を乱す者を排除する部隊だという。


 それはいわゆる都市伝説のはずであった。


 曰く、ギルドに不利益を与えたパーティーを殲滅した

 曰く、ギルドに虚偽の申告をした依頼人をその商会ごと焼却した

 曰く、ギルドを裏切った貴族を家族ともども失踪させた


 リリーはメガネを外すと、ゴリーユに相対する。


「すっ、すまなかった。もう俺たちは心を入れ換える。なっ、許してくれよ」

「ダメですね」

「どうしてだ?ずっと今まではやってこれただろう?」

「ええ、依頼をこなすためには、貴方たちのような下衆でも多少は役に立ちましたから」

「なら……」

「ですが、未来ある有望株に喧嘩を売った時点で、貴方たちはギルドの敵に認定されたんですよ」

「なっ……」

「だって、せっかくの有望株が、チンケな嫌がらせを受けてギルドを辞めちゃったら大損害じゃないですか」

「俺たちと天秤にかけたのか?」

「そこまでおこがましいと呆れますよ。ハナっから比べ物にはならないじゃないですか」


「ふざけんなぁ!!!」


 ゴリーユがリリーに向かって行くが、リリーの手元が光ったかと思えば瞬時に切り捨てられる。


「だから最初に忠告したんです」


 ゴリーユは、薄れゆく意識の中でリリーとの会話を思い出す。


 ―――ゴリーユさん、何をしてるんですか。勝てるわけないじゃないですか




 その日、冒険者の街【アグニス】から、ひとつのクランといくつかのマフィアが消え去った。


 

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