第72話 一心同体(いっしんどうたい)

 その後、僕とブランは無事に冒険者登録を終えることができた。


 駆け出しはFランクからのスタート。

 そこからAランクまで六段階に分かれている。

 ちなみに、Sランクとは名誉称号である。

 Bランク以上で、さらに世界を救うレベルの貢献があった者に贈られるものらしい。

 もっとも、それくらいの功績がある者が弱いはずがないので、実質的には実力と一緒とみても間違いはないだろう。


 ここでひとつ疑問がある。

 何でランクがアルファベットなんだ?


 僕はなんとなくだけど、転生した知識があるから、そう翻訳されているんじゃないかと思う。

 本来なら、単なる順番の記号なんだろうな。     

 まあ、そう決まっているものだと思うことにする。


 閑話休題。


 ともかく、冒険者として名を上げるためには、豚男のCランク程度ではダメだろう。


 少なくともBランクを目指して頑張ろう。

 僕がそうブランに伝えると、彼女は優しく答えてくれた。


「大丈夫。私はずっとアルに付いていく」


 僕はその言葉に改めて胸を打たれる。

 そもそも、冒険者になることも名を上げることも、全ては僕のわがままだ。

 それなのに、一緒に来てくれると答えてくれた幼馴染みには感謝しかない。


 以前に、そんな僕の気持ちを正直に告げたところ、ブランは優しく微笑んでくれたのだった。


「アルは私に魔術を与えてくれた。いろいろな世界があることを教えてくれた。私はそんなアルの行く先を見てみたい」


 そして、そう答えてくれたのだ。


 ならば、ブランの期待に恥じない男になってやる!



 …………そう思っていたこともありました。



 今、僕のとなりには無防備な姿で眠っている幼馴染みがいる。


 こんな状況になったのは、もちろん理由がある。


 冒険者登録を終えて、リリーさんに教えてもらった宿に泊まることにした僕たちだったが、生憎遠征組が戻ってきたタイミングとかち合ってしまい、一部屋しか取ることが出来なかったのだ。


 当然、紳士な僕は床に寝袋で寝ることを提案したのだが、ブランに却下されてしまったのだ。


「ダメ。アルを床で寝かせるなんてメイド失格。私が寝る」

「イヤ、それは僕が許さないよ」

「大丈夫。私はお姉ちゃんだから」

「メイドなのか、お姉ちゃんなのかどっちかにして欲しい」

「女は肩書きにはこだわらない」

「何だよそれ」


 僕は思わず苦笑いを浮かべる。

 すると、ブランは爆弾発言をする。


「じゃあ、一緒に寝る」

「ええ!?」

「大丈夫、昔から一緒のベッドで寝てた」

「いや、それは小さな頃だからね」

「アルは一緒に寝るのは嫌?」


 美少女に、上目遣いでそんなこと言われたら断れませんがな。

 

 こうして僕は、理性と自制を強制させられる過酷な試練に挑んだのだった。


 すぐ目の前には、風呂上がりで甘い香りが漂う美少女が無防備に寝ている。


 身体に精神が引っ張られているとは言え、前世の記憶がある分、自分自身では大人だとは思っている。

 だから、幼気な少女に手を出すようなロリコンじゃないとは断言できる。


 だけど、この状況でドキドキしないなんて男としてあり得ないだろう。


 ブランは獣人とは言え、見た目はほとんど人間と変わらない。

 ケモ耳とシッポがあるだけで、父親のゲオルクのように全身が真白な体毛で覆われていることもない。

 いっそのこと、父親のようにいかにも狼ですって感じだったら、大きなペットと寝るような感じでいられたかもしれない。


 でも、そうなるとブランの優しい笑顔も見れなくなるだろうし、無表情を装っているけど、意外とコロコロ変わる可愛い表情も見れなくなってしまう。

 僕はそっちの方が嫌だ。


 気がついたらずっと一緒にいた幼馴染み。

 もう、自分の半身のようにすら思っている大切な存在だ。

 だからこそ、ブランの笑顔を守りたい。

 ブランを悲しませるようなことはしたくない。


 そんなとりとめのないことを考えていたら、いつの間にか睡魔に襲われていたようだ。


 ゆっくりと意識が遠くなっていく。


 眠りに落ちる間際、つぶやきが聞こえた気がした。


「……アルのいくじなし」


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る