第70話 死屍累々(ししるいるい)
僕のトラウマは相変わらず、改善の兆候すら見られない。
ロウソクの炎ですら、じっと見つめているだけで脂汗が滲み出る。
これはもう仕方ないと諦めているが、冒険者ともなれば、日常的に火に接する機会は少なくない。
例えば、夜営をする際に焚き火は欠かせないし、暗い場所に向かうときの松明にも火が灯っている。
まあ、前世の知識をフル回転して、そんな場合でも火を使わなくても良いようにと、様々な魔術を開発してはいるものの、一番困るのが突然火を投げつけられるケースだ。
各種炎の魔術。
火炎玉。
火矢など。
火は相手を傷つけるのに最適な手段だからだ。
かつての僕であれば、心の準備もなく目の前に炎が現れれば、身体が強張り、なにも考えられない状態になっていたが、ある程度成長し経験を踏んできた今では、なんとか一瞬身体が強張る程度で済むようにはなっていた。
本当であれば、冒険者としてそれは致命的な隙に繋がるが、
「風よ吹け【突風(シュトース)】」
修練場に投げ込まれた炎の玉を、突風と呼ぶにはやや暴力的な風が消し飛ばす。
僕は怖れてはいない。
僕の秘密を全て知ってもなお、寄り添ってくれる幼馴染みがそこにはいるのだから。
ブランは観客席から、修練場内にジャンプして降り立つ。
さらに空中では、二回転半の捻りを加える余裕もある。
これだけ激しい動きをしても、ブランのミニスカートの中は覗けない。
どんな魔術処理がしてあるのだろうとか、これを以前はディアナが着ていたのかとか、ふと思うがこれは考えてはいけないことだ。
帰ったらディアナにアタマを握り潰されることを想像して背中が寒くなる。
余計な考えは捨てることにしよう。
修練場の中心に立ったブランは、炎の玉を投げつけた者を挑発する。
「コソコソ隠れてるな。この【ラッテ野郎】ども」
【ラッテ】とはこの世界の鼠のことを言う。
だから、ラッテ野郎とは、前世でいうところのチキン野郎みたいな感じで、臆病者を揶揄する言葉だ。
ブランは、あんな可愛い顔をしてるのに意外と口が悪い。
両親があんなだから仕方ないのだが、何となくもったいない気がする。
ブランの挑発に応える形で十数名の男たちが修練場に降りる。
誰も彼もが、ガラが悪い。
特に顔に大きなキズを持ち、ひときわ大柄な男が真っ先に話し出す。
「嬢ちゃん、ずいぶんな言い方じゃねぇか。この街でオレらに逆らって生きていけると思うな」
すると、その言葉に勢いづいた下っぱが好き勝手に発言する。
「五体満足で帰れると思うなよ」
「こうなったら、この小娘をボコボコにして拉致りやすか。後で、泣くまで可愛がってやりましょうや」
「はん、お前も好き者だな」
「ゲヘヘヘ」
「んじゃ、まずは。観衆の目の前でひんむいてやるか」
「ガハハハハハ!」
何か勝手に話をしてるが、コイツらはせいぜいが豚男と同じランク程度の集まりだろ?
ブランがいくら力を抑えてるとは言え、彼我の実力差を感じ取れないって、ある意味残酷だなと思う。
「クラン【黒龍の牙】これは正当な決闘です。あなた方が乱入するのは認められません」
すると、観客席にいたメガネの受付嬢がそう宣言する。
だが、リーダーと思しき、顔に一文字傷のある男が怒鳴りつける。
「やかましい!先に乱入したのはあの嬢ちゃんだろうが!オレたちは、嬢ちゃんに言われたから出てきたまでよ」
「それはあなたたちが観客席から攻撃したからではないですか。ひとりに多数でよってたかって戦うなど、とうてい許されません」
「受付嬢風情が黙ってやがれ!」
「グッ…」
受付嬢がそれでも喰い下がるが、リーダーに再び一喝されてしぶしぶ黙る。
「黒龍の牙のヤツラか!」
「ゴリーユがあんな負けかたをしたから、メンツを潰されたな」
「ここで数にものを言わせて、袋叩きにする算段ね」
「高位の冒険者がいないからって、やりたい放題じゃねぇか」
「あいつら、マフィアともつるんでるからタチが悪いわ」
「白狼のお嬢ちゃん、大丈夫かしら」
そんな声が飛び交っているが、ブランはどこ吹く風で淡々と告げる。
「先手は譲るからサッサと来い」
深窓の令嬢と言われてもおかしくないほどの美少女が、乱入した男たちを怖がりもせずに立っている。
それ自体が圧倒的な実力差を物語っているのだが、数的有利の立場に立つ男たちはそれに気づかない。
挙げ句の果てには、逆に挑発までされて、男たちは思惑が狂い、たちまち激昂する。
「っざけやがって!」
「ブッ殺してやる!」
こうして、沸点の低い男どもは、一斉にブランに殺到する。
……数分後、修練場の中心に手足を折られた黒龍の牙の面々が、山のように積み重ねられていた。
ブランに以前、前世の話をせがまれたことがあった。
そのとき僕は、前世では戦いのマナーとして、倒した敵はきちんと積み重ねるんだと話したことがあった。
もちろん、冗談半分にだったのだが、どうやらそれを完全に再現したようだ。
ブラン、なんて恐ろしい子。
「獣人が魔術だと?」
「そんなことあり得るのか」
「じゃあ、あれは何よ」
「しかも、詠唱短縮だぞ」
「それを言ったら、小僧は無詠唱だろう」
「いったい何なんだアイツら」
「でも、赤毛の子、可愛いじゃない?」
「白狼の子。ハアハア……」
ひとり、決して許されない者もいるが、概ね高評価な声が聞こえてくる。
とりあえず、二人の名前は売れたし、目標は達成かな。
「ふう」
「ブラン、ありがと」
「うん。すごくがんばった」
「お礼はちゃんとするからね」
「期待してる」
僕らがそんな会話を交わしていると、修練場の入口から、
パチパチと手を叩き、ゆったりと歩を進めて来たのは、小柄なエルフの少女。
「いやー、すごかった。面白いものが見れたよ」
そう話す彼女からは、圧倒的な強者の雰囲気が溢れていた。
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