第39話 合縁奇縁(あいえんきえん)
かつて、領都フレイムにもスラムが存在した。
様々な不幸で家や家族を失い、着の身着のままでたどり着いた者たちや戦災孤児たちが、人の寄り付かない領都の一角でコミュニティを形成し、法の手が届かない生活をしていた。
妹のアリアが生まれ、両親の目が僕に届かなくなったのを見計らい、僕とブランはそんなスラムに足を踏み入れることにした。
スラムに入った目的は、単にスラムというアンダーグラウンドの世界に興味があったことと、スラムの環境があまりにも防災対策を蔑ろにしていたことに怒りを覚えたためであった。
当時の僕は、父さんに上申して領都の防災対策を進めているところだった。
中世ヨーロッパの社会に、現代日本の防災対策を施すのだから、それはかなり画期的であった。
後で考えれば、いくら息子の提案とは言え、よく了解したなと驚くばかりだ。
確かに、防災対策を行う上で逐一その必要性について説明していったが、根本的に科学という概念がないこの世界では、僕の説明も要領を得ないことも多かったろう。
それでも息子を信じて、やらせるだけやらせてみようとした父さんの懐の深さには驚かされるばかりだ。
まあ、そんな訳で防災対策を進めていたのだが、いっこうに改善が進まない地区があった。
それが件のスラムだった。
この頃の僕たちは、プレセア先生と模擬戦をしても一方的に勝利できるくらいの力を得ており、スラムごときの連中では指一本触れることもできないだろうとのお墨付きも得ていた。
それは、単純に考えても王都の魔術師団員とも互角に戦えるほどの強さ。
スラムで燻っている連中ごときでは、相手にならないことは自明の理であった。
「だからって油断してはダメだからね」
論文の執筆で徹夜続きのプレセア先生が呆れたように釘を刺す。
はい、その心配はきちんと心に留めときます。
最終目標は、スラムの代表に会って防災対策の協力を得ること。
まずは情報収集か。
まぁ、そんな訳で、僕とブランは領都の南西部にあるスラムに足を踏み入れたのであった。
「よお、兄ちゃん。こんなところにどうしたんだい?ずいぶんと立派な身なりだなぁ」
「嬢ちゃんもキレイな顔してるなぁ」
「道にでも迷っちまったか?」
スラムに入って数分後、僕とブランはガラの悪い男たちに囲まれていた。
見たところ、冒険者崩れか敗残兵か?
それなりに武に携わっていたような雰囲気は醸し出している。
だが、甘い。
もうブランは魔力を練り上げており 何かあれば瞬殺できる準備は出来ている。
「どうしようかな……」
あまり目立つと、今後がやり辛いなと思案していると、僕たちが怯えて声も出せないと勘違いした男たちが調子に乗って脅しをかけてくる。
「とりあえず、身ぐるみをはいで売り飛ばすか」
「嬢ちゃんはその前に俺たちと遊んでくれや」
「なぁ、よく見りゃそっちの坊主もいいツラしてるじゃねえか。ちょっと味わってもいいだろ」
「何だよ、オメェはそっちの趣味か」
「まあいいだろ」
「ガハハハハ!」
下卑た笑いが響き渡る中、僕たちは一切男たちを恐れていなかったのだが。
哀れな奴らだ……。
「殺る?」
ブランがかなり好戦的になっている。
なんと言って止めようかと僕が思案し始めた時、男たちにどこからか大量の石が投げつけられた。
「こっちだ!来い!」
声のする方を見れば、十代後半ほどの少年が、僕らに手招きする。
「ブラン!」
「ん」
僕はブランの名を呼ぶと、ふたりで少年のもとに駆け出した。
「待てえ!」
「この野郎!」
「逃がすな!」
そんな怒声が背後から聞こえるが、僕たちはもう気にも止めない。
「こっちに隠れろ!」
その指示に従った僕たちは、少年の指し示した穴から地下に降りる。
降りた先は四方が壁に囲まれた小部屋だった。
「危ないところだった。ここまでくればもう大丈夫だ」
僕らの後を追って穴から小部屋に降り立った少年は、ガリガリに痩せてはいるものの背は高く、栗毛の長髪で顔の左半分を隠していた。
それが僕たちと栗毛の少年――【クレス】との出会いであった。
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